宝島社 『このミステリーがすごい!』 大賞

大賞賞金1,200万円 文庫グランプリ賞金200万円!

第25回『このミス』大賞 1次通過作品 楽屋風景

大物落語家を招いた公演の裏側で、不穏な事件が続く
危険だらけの楽屋で繰り広げられる、わずか一日のサスペンス

『楽屋風景』森本博之

 紫綬褒章を受章した上方落語界の大師匠・和泉尚蔵を招いた関東公演。しかし当日の朝、「開催すれば災いがふりかかる」という脅迫状が届く。さらに、最初に楽屋入りした落語家が、扉に仕込まれていた剃刀の刃で負傷した。関西から到着した尚蔵は「脅しに屈して中止させるわけにはいかない」と主張。かくしてスタッフたちは警察の介入を避けたまま、スマホによる来場者の撮影、場内の施錠など、可能な限りの警戒態勢を敷く。そして開演。出演者たちが客席を沸かせる一方、楽屋では不穏なできごとが相次ぎ、ついには救急車で搬送される者まで出る。それでも彼らは公演を止めない。果たして無事に終演を迎えられるのか。そもそも一連の事態を仕掛けたのは何者なのか……?
 寄席の公演を続けながら、脅迫者の仕掛けた罠に立ち向かう……という特異なシチュエーションを描いた物語で、その大半はわずか一日のうちに展開する。落語家と周囲の人々を描く筆致はなめらかで、次々と寄席にやってくる出演者やスタッフを紹介していく序盤の流れもスムーズだ。何しろ、怪我人が出ているというのに公演を続けようとする極端な面々である。かといっていたずらにデフォルメされているわけではなく、その奇矯さはごく自然に浮かび上がってくる。
 小さなパーツをつなぎ合わせて大きな真相へと至る謎の構築もなかなかのもので、ちょっとした所作を手がかりに真相へと迫っていく解明の過程もまた巧妙。落語の公演が醸し出すユーモアと、脅迫者の仕掛けがもたらす緊張。かけ離れた二つの空気が混じり合った、独特の雰囲気を味わえる。
 犯行の背景にある強烈な情念にはやや強引さを感じたものの、真相が提示された後に訪れる「景色」の変化は、まさにその情念あってのものとして印象深い。風変わりな状況を丁寧に描いた作品だ。

(古山裕樹)

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