宝島社 『このミステリーがすごい!』 大賞

大賞賞金1,200万円 文庫グランプリ賞金200万円!

第25回『このミス』大賞 最終選考選評


大森望

本格ミステリー的トリックと現代リアリティの両立という困難な課題に挑んだ作品が多かった

 昨年9月18日、書評家の香山二三郎氏が69歳で世を去った。『このミステリーがすごい!』大賞の創設以来、24年にわたって一緒に最終選考委員をつとめてきただけに、香山さんと(宝島社のぎゅうぎゅう詰めの会議室で)選考会のテーブルを囲めなくなるのは寂しいかぎりだが、故人にかわって、今回から新たに西上心太氏が最終選考委員に加わった。
 というわけで、新メンバーを迎えて幕を開けた選考会だが、最終候補作8作の中から3作に絞るところまではたいへんスムーズに進んだ。しかし、問題はそこから先。3人のイチ推し作品がきれいに分かれ、大賞受賞作がなかなか決まらない。
 ちなみに大森のイチ推しは、織戸久貴『嘘と魔法の庭』。小説の背景は、一対一で対戦する〈犯人当て〉が囲碁や将棋のようなプロ競技となっているもうひとつの日本。このチェス・ゲームならぬフーダニット・ゲームのプロ選手にあたる当士(とじ)の船戸衿は、2分15秒という驚異的なタイムでタイトル戦の最終局に正答し、〝魔術師〟のタイトルを獲得する。だが、その勝利の結果、出題者だった師匠・有屋環に破門されたばかりか、師匠は自殺。それ以降、スランプに陥っていた船戸の前に、中学生の少女が現れ、誰も解けなかった船戸の犯人当て「シミュレーション館の殺人」の正解にたどりついたと宣言する。
 小川哲『君のクイズ』風の導入から、本格ミステリ用語解説を織り込みつつ、京都を舞台に思いきりマニアックな百合風味のミステリを展開する。〈犯人当て〉をプロ競技として成立させるのは、円居挽『丸太町ルヴォワール』シリーズに出てくる双龍会(そうりゅうえ)以上にハードルが高い。そのため、最初に読んだときは、ぶっ飛んだ設定のわりに犯人当て対決が地味だなあという印象を受けたが、再読してみると、細部までよく考えられているのがわかる。これはもう、令和新本格の最新モードというか、『地雷グリコ』以後の本格ミステリの模範解答と言っても過言ではない。
 対する一戸了『密室少女とノーマッド』の主人公・白神紗智は、馬を育てるのが仕事。競走馬(主に1歳馬)を預かって、竸り市場に出すまでの育成・調教などを代行するコンサイナーだ。その彼女が、ひょんなことから、視線恐怖症を抱える女子中学生・久我つばめを預かることになる。若き女性コンサイナーとひきこもり少女がタッグを組んで問題を解決するミステリーであり、独立系コンサイナーの日常を描く競馬業界お仕事小説の側面もある。リーダビリティは非常に高く、だれが読んでも面白いという意味では今回これがナンバーワンだろう。反面、話が都合よく進みすぎたり、キャラクターが類型的だったりする欠点も否めない。また、全体のトーンからすると、クライマックスは事件がおおごとになりすぎて、小説の身の丈を超えてしまったような印象も受ける。
 残る一作、白峰仁『四グラムの断罪』は、宇宙空間を漂流する4グラムのボルトがいかにして被害者の喉元を貫いたかという謎に挑む、超々極大射程のハウダニット。被害者は、一泊三千万円の宇宙ホテルに宿泊していた宇宙開発企業CEOの嘉山正臣。探偵役は、スペースデブリの回収を生業とする元天才設計者の嵯峨。凶器となったボルトは、いまから20年前に事故を起こした日本初の有人実験船の部品だった。嵯峨が設計主任を担当し、彼の設計ミスのせいで爆散したとされたため、嵯峨は設計者の職を追われることになった。その嵯峨が、国際宇宙警察機構(ISPA)からの依頼で、ボルトが辿った軌道を解き明かすことになる。
 宇宙ステーションや宇宙ホテルで起きた殺人の謎を解くミステリーには、三雲岳斗『M.G.H. 楽園の鏡像』とか桃野雑派『星くずの殺人』とかの例があるが、この小説の場合、それらとはまったく趣向が違う。ハードボイルドの私立探偵を思わせる一匹狼のやさぐれた主人公(かつてはスター・エンジニアだったのに、いまは宇宙ゴミ回収業者)を宇宙空間に連れ出し、ハウダニットの謎を解かせるというアイデアがすばらしい。といっても、探偵側も犯人側もひたすら計算するだけなのだが、それがどうしてかくもスリリングなのか。こんなミステリー、いまだかつて読んだことがない。ややもすると地味で単調になりがちな設定に、離れ離れで暮らす息子との関係まで織り込んで情感をプラスし、やや専門的な理系SFミステリーを(門外漢の読者にも)ストレスなく読ませることに成功している。最大の問題は、この犯行が現実に成立しうるかどうか。小説なんだから、これはもう成立するってことでいいんじゃないのと言われればそんな気もしてくるが、さて……。
 というわけで、3作それぞれに長所と短所があり、いくら議論しても一向に決着がつかなかったが、合計ポイントでわずかにリードしていた『四グラムの断罪』が、設定のインパクトで最終的に抜け出し、追いかける二作をかわして大賞を勝ち取った。文庫グランプリとなった『嘘と魔法の庭』と『密室少女とノーマッド』にも、大賞受賞作に負けない面白さがあることは保証する。
 残り五作については簡単に。
 三ノ浦竜郎『ラスト_ガール』は、終末SFにミステリ要素をプラスしたレトロなライトノベル。人類滅亡後の東京でAIと自律ロボットたちだけが活動しているところに「最後の人間」となる少女がコールドスリープから目覚めるという、TVアニメ『アポカリプス・ホテル』(+田中ロミオ『人類は衰退しました』)風の設定。いきなり〝トマソン〟が出てきたのには笑ったし、文章はちゃんとしていて読みやすい。再読して評価が上がった作品だが、残念ながら決定力がなく、受賞には至らなかった。
 穗積弘一『石飛翔子の飛翔』は、成績がぱっとしない女流棋士が探偵キャラで売り出そうと決意するライト文芸っぽいミステリー。面白く読めるが、自殺として処理された30年前の密室殺人事件の謎を解くのはいいとして、そのトリックをとっさに思いついたというのは無理があるのでは。
 再読して評価が下がったのが高沢渉『紺碧のレイクイエム』。なみはや水族館のイタチザメが泳ぐ水槽で人体の右腕が見つかる。おお、これは不可能状況の死体(の一部)出現もの? 大阪版『水族館の殺人』か? と思っているとその謎はあっさり解けて警察ミステリーになり、さらに後半は在阪テレビ局の内幕ものに(ただし関西弁はまったく使われていない)。しかし読み直してみると、ディレクターのパワハラ体質とか、人気キャスターへの性上納とか、モチーフの古さが気になる。死体を消すためのトリックも、犯人像とマッチしていない。トリックに合う動機なり舞台設定なりを考えてほしい。
 荒井曜『八億円の魚』は、奄美群島本土復帰の裏に隠された事件を描く歴史ミステリー。B円と日本円の交換のために用意された現金を運ぶ海上保安庁の巡視船「宗谷」(元南極観測船)を襲って航海中に金庫室から8億円を奪う! 知られざる(というか、本作を読むまで僕はぜんぜん知らなかった)史実をもとに構築されたこの一大プロジェクトは、若干のバカミス味もあってたいへん面白いが、社会派的なメッセージ性とケイパー小説との食い合わせがあまりよろしくない。頻出する計算尺もややうっとうしく感じられた。
 阪口克『古民家鑑定士・東雲飛鳥のフィールドノート』は、古民家を改装した民宿で起きた事件に古民家鑑定士・東雲飛鳥が挑む本格ミステリー。古民家うんちく満載の推理は面白いが、往年の新本格っぽい物理トリック(殺人のために設計した部屋とか)と小説の雰囲気(定年退職後に古民家で一人暮らしをはじめた元刑事が語り手になり、警察捜査もふつうに進行する)がうまくマッチしていない。
 今回の最終候補作は、犯人が緻密に練り上げた本格ミステリー的なトリックと現代的な(あるいは社会派的な)リアリティを両立させるという困難な課題に正面から挑んだ作品が多かった。チャレンジ精神は買うとしても、そのゴールを目指すのなら、設定やキャラクターにもっと工夫が必要になるだろう。


瀧井朝世

受賞の決め手は「登場人物の魅力」と「設定の説得力」

 私は第19回『このミステリーがすごい!』大賞から最終選考会に参加していますが、ご一緒してきた香山二三郎さんが昨年逝去されました。力不足ながら香山さんのミステリ愛を引き継ぎ、今後も精一杯選考に臨みます。新たに西上心太さんがご参加された今回は、これまでとはまた違った雰囲気で和やかに選考が進みましたが、途中からが長かった…! 授賞したい三作はすんなり決まったものの、どれを大賞に選ぶべきか議論が重なりました。それだけ、三作品の個性が異なり、どれも魅力がありました。
 最終的に大賞に決定したのは、白峰仁さん『四グラムの断罪』。この作品、私は一読者として本当に堪能しました。最初に宇宙ホテルが出てきた段階で「桃野雑派さんの『星くずの殺人』と被っちゃうかも?」と思いましたが、まったく異なる内容でした。登場人物は少なく、デブリの軌跡をたどっていく謎解きも非常にシンプルなのに、ぐいぐい読ませます。個人的に好みだったのは文章世界。宇宙空間でひとり生きる男の孤独や周囲に広がる暗い景色と静謐な文体がマッチし、随所に挿入されるちょっとした表現から、主人公の立場や心情が間接的に伝わってきました。また、他の人物も、そこまで描き込まれていないのに奥行きを感じさせます。後半には動きのある展開があり、複数の人々の人生模様も浮かび上がって胸を打つ。謎の真相については小さな疑問もありましたが(物理に関する私の理解不足もあったと思います)、そこはブラッシュアップすれば問題なし。
 文庫グランプリはまず、一戸了さん『密室少女とノーマッド』。北海道の牧場に暮らすコンサイナーの女性と、彼女が預かることとなった引きこもり少女の二人はもちろん、周囲の人々も分かりやすくキャラクターが立っているのはエンタメとして好ポイント。この場所、この仕事ならではの謎の数々も面白かったです。ただ、「この子、別に“密室少女”じゃないよね…?」という疑問がずっとひっかかってしまいました。エンタメにおいてキャラクターにインパクトはあったほうがよいし、ご本人もそれを踏まえてこの設定&ネーミングにされたのでしょけれど、少女の人物造形と描き方はもう少しだけ、伝わりやすいように練ったほうがいいかも。とはいえ、これはシリーズ化を期待しています。
 文庫グランプリのもう一冊は、織戸久貴さん『嘘と魔法の庭』。犯人当てが競技となった世界で、実際の設問がいくつも登場し、既存の作家や作品、様式についての言及もあってミステリ好きにはたまらない内容。あとは主人公の心模様の描き方や描写、この競技の主催者側の設定などをもうちょっと掘り下げるとよいかもしれません。この作品も、ブラッシュアップあるのみ。
 以下、読んだ順に挙げていきます。
 荒井曜さん『八億円の魚』は奄美群島の歴史を盛り込んだ骨太な作品。主人公たちが挑む現金強奪計画もダイナミック。ただ、人物造形に厚みがなく、どれも血肉ある人間に思えませんでした。全体的を通して説明的すぎるところが多く、計算尺についても分かりにくくてもったいなかったです。
 三ノ浦竜郎さん『ラスト_ガール』は話運びの上手さや描写力は感じるものの、人類が滅んだ経緯や、現在のインフラやヒューマノイドたちの生活、あるいは謎解きの部分について、小さな疑問が積み重なってしまいました。それらを気にせず楽しむ読者もいるとは思いますが、選考において強く推すには至りませんでした。
 阪口克さん『古民家鑑定士・東雲飛鳥のフィールドノート』は、古民家に関する蘊蓄がとても分かりやすく、楽しい! ただしそれ以外の、事件そのものや登場人物たちのキャラクターや行動原理においては、吸引力が希薄。「気になる!」「はやく先を読みたい!」という気持ちさせる要素が少なく、惜しかったです。
 高沢渉さんの『紺碧のレクイエム』は、冒頭の水族館で起きた出来事に引き込まれました。海洋生物学者の女性が主人公の水族館ミステリなんて面白そう! と期待しましたがその後は新人刑事が主人公の捜査小説に。黒潮をめぐるもろもろの検証は興味深かったものの、犯人がそこまで黒潮にこだわる理由や、そもそもその人が人を殺す動機・理由にそこまでの納得感がありませんでした。また、次第に明るみに出るテレビ局の暗部も、謎の真相部分で扱うにはありきたりだし、「今どきこれ?」という印象。文章や話運びは上手かったです。
 穗積弘一さん『石飛翔子の飛翔』は、探偵になった女性棋士がちゃんと依頼を受けて職業探偵らしく行動するエピソードが少ないのでは(替え玉のエピソードは探偵の業務とはまたちょっと違う気が)。視点人物がちょくちょく切り替わるのも効果的とは思えませんでした。最後の密室事件は期待させましたが、トリックについても依頼者についても、つっこみどころがありました。
 今回の候補作はどれも個性やオリジナリティを出そうとする工夫は感じられて頼もしく感じましたが、「登場人物が魅力的か(読者が主人公に気持ちを寄り添わせられるか。もちろん、意図的に感情移入しにくい主人公を設定するのはあり)」「その設定に無理はないか、説得力はあるか」の二点において差が出たように感じます。今回受賞に至らなかった方々も、アイデア・設定・世界観・人物造形をあともうちょっと練り込めば、プロとして通用する書き手になると思います。今後を楽しみにしています。


西上心太

ブラッシュアップ次第でさらに大きく化ける3作

 学生時代からのおよそ半世紀にわたる付き合いだったので敢えてこう呼ばせてもらうが、香山二三郎くんが昨年九月に急逝したため、後任を承ることになった。彼はこの賞が創設された二〇〇二年から二十四年間、最終選考委員の重責を務めてきた。どこまで彼の代わりになれるかわからないが、自分なりの姿勢で務めていきたいと思う。よろしくお願いいたします。
 昨期に引き続き8作品が最終選考に残された。この賞はもともと最終選考の作品数が多いが、7、8作を残すのがどうやら定着しつつあるようだ。来期からも心してかからねばならないだろう。とはいえ応募総数のほぼ約1%にあたる精鋭たちだ。読んでいて過度なストレスを受ける(面白くなくていらいらする)作品がなかったのはさすがであった。
 応募番号順で読んだので、その順でコメントを述べていく。
 荒井曜『八億円の魚』は8作中で唯一といえる社会派の要素が強い作品だった。敗戦後から8年間、アメリカの軍政下に置かれた奄美大島が舞台だ。
 1968年の小笠原諸島返還、1972年の沖縄返還は記憶にあるが、1953年の奄美諸島返還に関する知識はまったく欠落していた。そのことを喚起してくれただけでもありがたい作品だった。
 軍票と円の交換のために用意された8億円を奪うケイパー小説と、海洋冒険小説を合体させていて躍動感がある。金のためではなく、奄美をないがしろにした日本政府への怒りが動機というのも納得がいく。荒波を航海中の運搬船(宗谷丸!)から、別の船を舷側に接近させて奪い取る犯行方法が、ミッションインポシブル的で面白い(実現性は不可能に近いだろうが)。中心人物以外のメンバーが書割的で弱いこと、あっという間に強奪アイデアを考えつく点など御都合主義的な一面も目立った。表現が大仰なところや、方言を多用していて読みにくいという指摘もあった。方言はもう少し「丸めて」もよかったのではないか。
 まったく違う狙いの作品だが、沖縄返還の際に交換用の円を強奪する坂上泉『渚の螢火』がある。それにインスパイアされたのだろうか。
 有人ロケットの爆発事故の責任を押しつけられた設計者。彼はその後の20年間、世捨て人のように一人宇宙船に乗り、宇宙のゴミ(デブリ)回収を生業にしている。白峰仁『四グラムの断罪』は主に宇宙が舞台になる作品だ。孤独を選んだ男の立ち振る舞いはまさにハードボイルド小説のヒーローのようだ。彼に責任を押しつけた実業家が、宇宙ホテルに飛来した微小デブリに喉を撃ち抜かれ死亡する。そのデブリは主人公が設計し爆発したロケットに使われたネジであった。
 冒頭から一気に引き込まれる。ネジの履歴を辿っていく過程はいくら未来とはいえかなり無理筋なのだが、他の部分のディテールが優れているので、読んでいる最中は気にならない。少ない登場人物ながら長編を支えるプロットを構築したことには感心した。ずっと静謐な状態で物語は進んでいくのだが、終盤では危機に陥った主人公の奮闘という「動」のシーンも用意されていてそつがない。爆発事故をきっかけに別れた息子とつながるエピソードは映像的で美しい。受賞候補。
 一戸了『密室少女とノーマッド』は北海道の馬産地が舞台。主人公は競走馬となる仔馬を育て上げるコンサイナーだ。初めて知った職業で新鮮だった。この作品も冒頭からがっちりと心をつかまれる。一歳馬の時に買い手がなかった仔馬を立派に育て上げ、大金で売れたため馬主に感謝される。その馬主から、視線恐怖症で引きこもりの娘の世話を頼まれるというのが発端だ。馬でできたのだから娘も、というのは無茶な飛躍だがあまり気にならないのは作者の力だろう。馬と関わりのある小さな謎が積み重なるので日常の謎系の物語かと思っていたら終盤に大きな事件が起きる。ここの扱いがリアリティに欠けると感じたが、手直し可能とみて上位に推す心積もりで選考に臨んだ。
 三ノ浦竜郎『ラスト_ガール』は人類滅亡から29年後の2090年が舞台。調査ヒューマノイドが荻窪の民家からコールドスリープ状態の少女を発見する。いわゆる「トマソン」的な不思議なドアの存在から、少女が眠る隠し部屋を発見するくだりなど話の流れがスムーズで期待が持てた。相模原十五とか上野公園ナナというヒューマノイドのネーミングをはじめとする独特のユーモアセンスも気に入った。ヒューマノイドが人間の記憶を保全するという世界観も好み。だが街は徐々に植物に覆われようとしているのだが、電気も水道も通じている。それらのインフラの保全がどうなっているのかがまったく述べられていないのが気になった。他の委員からあるアニメのオマージュだと思うので、世界設定はゆるくてもいいのだという意見もあった。それを認めるにしても、人類滅亡につながった過去の一連の出来事と、それを結果的にもたらした人物の行動が納得できなかった。
 阪口克『古民家鑑定士・東雲飛鳥のフィールドノート』は、過去の放火事件が遠因となった古民家宿泊施設での殺人を描いている。4人が死亡した大事件なのに警察の捜査が中途半端で終わっているのが大いに疑問。さらにこの時に、ある人物が取っていた行動があまりに不自然。この行動が後の展開のキモになっているだけにどうしても首肯できなかった。古民家鑑定士というキャラクターとその能力を紹介する序盤の手さばきは巧みだったが、もっと魅力的に描けるはずの彼女が、物語が進むにつれ単なる解決マシーンのようになってしまったのは残念だった。
 高沢渉『紺碧のレクイエム』の発端は8作中随一だった。だが実際に海外であった事例(「シャーク・アーム事件(Shark Arm case)」)であると作中にも書かれていたのでちょっとがっかり。駆け出し刑事の一人称で好感が持てる書きっぷりだ。すべてにそつがない。しかしアリバイものの宿命で、容疑者が限定されてからは意外性が希薄になってしまう。それを補う何かがあればよいのだが。
 だが他人のために恨んでもいない人間をそもそも殺すのか。この一点が気になって強く推す気にはなれなかった。どんな社会や時代でもパワハラ、セクハラ、性上納などあってはならないことなのだが、テレビ局のそれは世間の耳目にさらされすぎた感があり、いざ作品の背景に置かれると古くささを感じてしまう。海洋生物学研究院の女性をもっと生かすような展開を望むのは望蜀であろうか。
 穗積弘一『石飛翔子の飛翔』は将棋の女流プロ棋士が探偵業に乗り出すというぶっ飛んだ作品。暗号解読、密室などアイデアを惜しみなく開陳しているが、最後まで乗ることができなかった。ある盤面を残したくないので急いで二つの駒を入れ替えたという説明があるのだが、手で払って盤面を崩してしまう方がよほど早いだろう。年齢も若く、ばりばり書ける方と思われるので、捲土重来を期してほしい。
 織戸久貴『嘘と魔法の庭』は、ある委員に言わせると一番とんがった作品である。
 なんとまあ「犯人当て」が競技化された世界の物語なのだ。プロの将棋や囲碁棋士のように、畳の上に正座して対局相手と向かい合って「犯人当て」問題を読み解き、その早さと正確性を競うのである。彼らは棋士ならぬ「当士」と呼ばれるプロなのだ。
 この作品もまた世界設定がゆるい。現実に行われている詰将棋解答選手権のように、大勢の回答者が出題された問題を解くという形式なら納得できるが、二人の対局でそのたびに「犯人当て」が消費されていたら、いったい問題の供給はどのようになっているのだろうか。またと彼らの収入はどうやって得るのだろう。作品の内容以前にそのことが気になってしかたがなかった。
 とはいえ、当士のヒロインの苦闘を描くプロットに、本格ミステリーに関するマニアックなテーマをからめた作品は前代未聞といっていいだろう。『このミス』大賞がすくい上げるべき作品なのではないかという意見は一致した。
 選考会当日に三人の委員がそれぞれ評価点を発表したのだが、上位に推した作品はほぼ同じだった。各作品について意見を述べ合ったが、大きな意見の相違はなく割と短い時間で3作に絞られた。だがその先が長かった。どの作品にも長所と同時に大きな欠点もあったためだ。議論を尽くした末に既報の通りの結果となった。これからのブラッシュアップ次第でさらに大きく化ける可能性もある。各作者にはまた一苦労が必要だが頑張ってほしい。

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