第25回『このミス』大賞 1次通過作品 八億円の魚
米軍統治から日本復帰を迎えた奄美群島
海上輸送中の現金が消えた
計算尺を駆使して導き出した、奇想天外な完全犯罪の計画とは?
『八億円の魚』荒井曜
1953年12月25日、奄美大島。終戦からずっと米軍統治下におかれていたこの島々は、日本へと復帰することになった。その翌日、巡視船〈宗谷〉は厳重な警備のもと奄美大島の名瀬に入港した。米軍統治下で使用されていた軍票と交換するための日本円――現金八億円を運んでいたのだ。だが、港で特設金庫を開けた大蔵官僚は絶句する。那覇で米軍監視のもと積荷を確認し、船内の一室に封印をしたにもかかわらず、そこに積まれていたはずの八十万枚の千円札は、跡形もなく消失していた……。
海上での現金奪取を描いた、奇想と熱気に満ちたケイパー小説だ。八億円の奪取を計画し実行に移すのは、奄美の貧しい若者たちのグループである。彼らの原動力は金銭を得ることではなく、自分たちの故郷をアメリカとの政治的な駆け引きの道具とした日本政府に対する憤りだ。
現金強奪を描く物語として、犯行を計画し準備を進める過程はじっくり語られる。一味のリーダーは、製糖工場のボイラーで熱力学を学んだ男。彼が計算尺を駆使して完全犯罪のための数式を導き出す過程は、冷徹さと熱さが並走する。クライマックスは、大胆にして予想外な手段を用いた、海上での八億円の奪取。その描写は心を高揚させる。現金奪取のために荒れる海を行く様子はまるで海洋冒険小説だ。さらに奪取に際しては、島田荘司を連想させる豪快な物理トリックを駆使してみせる。
現金奪取のバックグラウンド――若者たちが八億円奪取を企むに至るまでの、彼らの生い立ちはもちろん、奄美をめぐる日米間の政治という背景も語られる。日本政府への憤りと、その感情が生み出した現金奪取という着想。若者たちの強奪計画を語るだけでなく、その背後の歴史のうねりと政治の思惑も描いてみせる。
熱い激情と冷徹な計算が絡み合う、独特の語りのスタイルも忘れがたい。昭和20年代の奄美に渦巻く荒々しい情熱と、奇想天外な犯罪の顛末が印象に残る作品だ。
(古山裕樹)







