第25回『このミス』大賞 第2次選考選評 宇田川拓也
そう簡単にハードルは下がらないと心得て、入魂の作品を
これまで第一次選考委員を務めてきたが、千街晶之氏と交代する形で、今回より第二次選考を担当させていただくこととなった。書店員の第二次選考委員は、茶木則雄氏以来とのこと。空の上からこちらを見下ろす師匠の視線を感じながら、これまで以上に気を引き締め、一次選考を勝ち抜いた十九作品を拝読した。
まず、選考委員全員がAを付けた『四グラムの断罪』と『嘘と魔法の庭』が最終選考への切符をすんなりゲット。前者は、宇宙空間を漂うたった四グラムの小さなデブリは殺人の凶器になり得るか? という魅力的な謎、イケオジ主人公の造形、知的好奇心を刺激しながらの話運びの巧さ、謎解き後の見せ場作りなど、全体的な完成度の高さが群を抜いていた。後者は、対局や師弟関係を描いた将棋小説の「将棋」を「犯人当て」に置き換えたユニークな内容で、こんなミステリーの描き方もあるのかと感心。本作を一読すれば物語の面白さに加え、本格ミステリーの用語や名作タイトルなどの知識、読み方の勘所なども得られるため、刊行されれば、これからよりミステリーに親しもうという若い読者にとっての必読書としても歓迎されるのではないか。
続いて評価が高かった順に触れていくと、『密室少女とノーマッド』は、競走馬を生産者から預かって育て上げるコンサイナーが探偵役というこれまたユニークな作品。北海道の牧場ならではの状景、馬の育成とあわせて描かれる視線恐怖症の不登校中学生との関係の変化など、達者な文章と構成でじつに読みやすく、ついイラスト表紙の文庫グランプリ作品として売り場に並ぶところまで想像してしまったほど(ただしタイトルは変更すべきかと)。『このミス』大賞の傾向と対策も抜かりなく、『珈琲館タレーランの事件簿』を彷彿とさせる、探偵役が謎解きを始める前の決め台詞には思わず頬が緩んでしまった。
『ラスト_ガール』は、人類が滅亡してから二十九年後の東京を舞台に、ヒューマノイドと記憶を失った少女がたどるロードノベル×SFミステリー。とにかく読んでいる際の心地よさという点では今回目を通したなかでもベスト級。「日常の謎」系に留まらない話の拡げ方、終盤の「ギフト」の演出なども巧く、一度ならず心を揺さぶられた。
『紺碧のレクイエム』は、二十四時間監視カメラ下にある水族館のサメ水槽で人間の右腕が見つかった!? という冒頭の不可解な謎に高揚したが、その謎解きが読みどころという設計ではなく、ミステリーとしての意外性の乏しさもあって、辛めの評価を付けた。ただ選考の席では刑事ものとしてのスタンダードな魅力を推す声もあり、最後は納得した。
そして、さあ来たぞ『八億円の魚』だ。今回の宇田川偏愛作品である。米軍の統治下から日本への復帰を果たした、一九五三年十二月の奄美大島。占領下で流通していた軍票と日本円の交換に備え、吉田茂は巡視船〈宗谷〉による八億円の海上輸送を命じる。港に船が到着し、特設金庫室を開けた大蔵官僚はその場で凍りつく。なんと日銀仕様の杉箱八十個に詰め込まれた千円札八十万枚が跡形もなく消えていたのだ! どうだどうだ、『四グラムの断罪』にも勝るとも劣らない魅力的な謎ではないか。この強奪計画を企み、指揮するのが、製糖工場のボイラーマンにして計算尺を駆使する若き物理学者・慎。彼がいかに頭脳と奇想で完全犯罪を成し遂げるか――という胸躍る物語なのだが、正直、ウィークポイントはハッキリしている。動機がわかりにくい、トリックが実現不可能としか思えない、方言が読みづらい、犯行後の犯人たちのお金の扱い方が腑に落ちないなど、選考会でも厳しい指摘が続々と挙がった。しかし、しかしである。激動の時代と舞台を背景に、まるで『黄金を抱いて飛べ』に海洋冒険小説のクライマックスと島田荘司ばりの仰天物理トリックをぶち込んだ本作の歪な熱量は、最終選考に残すべき価値があると判断し、粘って粘って、どうにか通すことができた。
以上、六作で通過作品決定――となりそうだったのだが、ここで滑り込んできたのが、『古民家鑑定士・東雲飛鳥のフィールドノート』と『石飛翔子の飛翔』。前者は、多数の図や写真を駆使した古民家トリビアも愉しく、構成と伏線に優れたミステリーとしても高く評価。書店員的には、「古民家」といういささか地味な題材がどこまでセールスにつながるか――とも思うが、果たして。後者は、タイトルロールを務める破天荒な女流棋士の圧倒的なキャラクター勝ち。この主人公なのに「将棋ミステリー」と銘打ちにくい内容は賛否が別れそうだが、軽やかに愉しく読ませる面白さは文句なし。
最終選考には推せなかったものの、今回読めてよかったと思ったのが『80億の配管図』。感情のないひとりの青年を主人公にした相場×教養小説といった内容で、主人公が相場師・九条と対峙する張り詰めた場面など、純文学と犯罪小説の魅力を兼ね備えた中村文則作品のようなボーダレスな味わいを感じた。
以下、残念ながら二次選考を通過できなかった作品について。
『彼女は蜃気楼だった』は、お互いに死を求めて旅する元会社員と少女のロードノベルとして読ませるが、真相のパワハラや不倫は、せっかくの物語のトーンとタイトルの美しさにそぐわないと感じた。もったいない。
『生徒会長の本懐―南条・相楽の当て水量』と『You wanna be my friend?』は、ともに学園青春ミステリー。ひととの距離を作りたがる探偵役の性格付けも似ていて、これがトレンドか? とも思ったが、それはともかく……。どちらも既存作品を超えるような独創性を獲得するまでには至っておらず、センスは認めるが、いまひとつインパクト不足で推し切れなかった。せっかく新人賞に投じるなら、もっとミステリーとして攻めてみてもいいのでは? 選考委員をアッといわせる剛速球を期待しています。
『簒奪のモーション』は、新薬をめぐるメディカル・サスペンスだが、話が大きく拡がりそうなSF的な材料もあるのに面白さが加速することなく、結局は型通りの結末に落ち着いてしまった。『アネモイア・シーカーズ デジタルイタコとデータ化された死への餞』も同様で、アイデアは面白いのに惜しい。もっと型破りでダイナミックな物語にチャレンジしてみてはいかがだろう?
『楽屋風景』は、サスペンスフルなドタバタ演芸ミステリーで好感を覚えたが、さすがに詰め込み過ぎてまとめ切れなかった印象で、事件の動機もすんなりとは呑み込めず。選考会では、無理に殺人事件を起こさなくてもよかったのでは? という声もあり、確かにと首肯した。筆力は充分にある方なので、より洗練された演芸ミステリーを目指していただきたい。
『ハックジャック–ファントム・コード』は、途中までは二次選考通過も考えたが、列車ジャックを扱った先行作品がどうしても重なってしまう点と、ある機関が絡んだ真相、より大きな話の序章のごとき結末は、正直興醒めでマイナスポイント。
『おかえりなさい、ミスターマリーキュリー』は、連続爆弾魔と天才贋作師というふたりのヴィランを配したプロットの面白さを評価。ただ、全体的には拙さが否めず、落とす形となってしまったが、読了後にプロフィールを見て著者が十六歳と知ってびっくり! その若さで長編一本をこうして書き上げ、新人賞の二次選考まで進めたことは称賛に値する。たくさん読んで、たくさん書いて、これからも腕を磨き続けてください。応援しています!
『好感度ゼロのプレシード』は、他人が自分に向ける好感度が絶対音感のようにわかってしまう「絶対好感度感」を持った人間が日本に数百万人いるという設定は面白いが、それをどうにも活かし切れていないのが残念。主人公にとっての重大な謎が、こんな形で明かされて納得できる読者がいるとはとても思えない。もったいない。
『不可能建築士の設計推理』は、館ミステリーのパロディとしては愉しめたが、仕掛けを優先するあまり、物語の器が疎かになってしまった感が否めない。タイトルの「不可能建築士」も、期待したほど魅力的に映らない点もマイナス。
ということで全十九作品のうち、私がAを付けた五作品すべて最終選考に送り出せたので、初陣としては上出来だったのではないだろうか(茶木さん、どうでしょうか?)。
AI効果か、社会不安のせいか、今回はこれまでにない七百を優に超える応募作が集まったそうだが、だからといって〈大賞〉受賞レベルの優れた作品も大いに増えたかというと、そんなこともなかった。本賞獲得を狙う皆様におかれましては、そう簡単にハードルは下がらないと心得て、入魂の作品を投じていただきたい。
それでは最後に、いつもの言葉を。「書店員が頭を下げてでも売りたくなるような渾身の傑作を待っています!」







