第21回『このミス』大賞 2次選考選評 大森望
惜しくも二次選考で敗退した作品について
第21回『このミステリーがすごい!』大賞の二次選考は、今回もリモート会議で行われた。一次選考を通過した19作から5〜7作に絞るはずが、前回に引き続き、8作品が最終選考に進む結果となった。昨年の選評に「さすがに最終候補8作は多すぎるので、今回だけの特例としたい」と書いたのに、またまた絞りきれなくて申し訳ありません。
その8作については、それぞれひとり以上の二次選考委員から強く支持する声があったわけですが、それらについての評価は最終候補の選評で書くことになるので、ここでは例年どおり、惜しくも二次選考で敗退した残りの作品について、大森個人の評価が高かった順に、簡単にコメントさせていただく。
石川枯野『さよならを言うために飛べ』は、平然と人を殺す自己中心的な快楽殺人犯のヒロイン・茉莉がたいへん魅力的で、一種のピカレスクとも読める。元刑事の警備員・志信が実は茉莉の同類(というか種類の違う異常者)だということがわかるあたりも面白い。ただし、その先は啓示の由之をからめたいびつな三人の疑似恋愛関係みたいな方向に話が傾斜するため、ミステリー的にはやや尻すぼみな印象も受ける。とはいえ、最終候補に残ってもおかしくないレベルだと思ったが、決定打がなく、推し切れなかった。
仙藤大猩『亜米利加の邪馬台国』は、アンドレアス・エシュバッハ『イエスのビデオ』の沖縄版(スマホ版)みたいなタイムトラベル歴史SFサスペンス。かつては最先端のメモリの開発者だったのにいまは夢破れて秋葉原で細々とデータ復旧サービスを営む主人公のもとに、かつて沖縄の古代遺跡で発掘された古いスマホが持ち込まれるという現代パートの導入は牽引力は抜群。実はそれが発売前の機種だと判明し……というあたりも(『イエスのビデオ』そのままだが)面白い。ものすごく強引なジャーナリスト、利根マリのキャラが強烈だが、嘉手納基地に行ってからの展開には無理がありすぎる。スマホに残されていた写真をもとに現代パートで辻褄合わせを試みる発想はいいとしても、そのためにアンドロイドをつくって過去に送り込むというのはやりすぎだし、話が進むにつれてどんどんリアリティが失われていく。これだけ風呂敷を広げるなら、もう少していねいに手続きを踏んでほしい。いろいろと惜しまれる作品。
森バジル『#誘拐配信』は、いかにも今風の誘拐サスペンス。配信者まわりの描写はリアルでおもしろいが、警察を介入させずにスパチャで身代金5億を集めようという(表向きの)計画は無理がありすぎるのでは。特殊能力の持ち主が複数出てくるが、一話目の主人公をべつにすると、能力がほとんど生かされていない。また、そういう超自然的な能力の持ち主がたくさんいる必然性もよくわからない。能力者の存在があたりまえになった社会を前提にして物語を組み立てるなら、能力によって何が起こるかにもっと焦点を当てたほうがいいし、そうでないなら能力抜きで組み立てる(もしくはひとりだけに限定する)ほうが無難かもしれない。
橘むつみ『漆黒の虹』は、外資系IT大手企業大阪支社に勤める女性社員が主役の企業サスペンス。プロットはなかなかよくできているしキャラクターも悪くないが、突出した評価ポイントがなく、最終選考には一歩およばなかった。
以下は、最終選考レベルとは顕著な差があった作品。
谷外すみん『時間分裂のミトコンドリア』は時間ループ系のライトノベルSF。タイムリープによって過去に飛ぶたびに人間が分裂していく(タイムスプリット)という発想はSFでは前例があるにしろ、長編ミステリーとからめるのは珍しく、うまく書けばユニークな時間ものになる可能性もある。河野裕『サクラダリセット』を思わせるところもあり、青春小説としては若い読者の胸に迫る小説世界を構築できるかもしれない。
幽塔瑠々『蝶に罪はあったのか』は地方都市の高校の新聞部を舞台にした学園ミステリ。プロットはそれなりにできているが、物語が動きはじめるのが遅く、キャラクターに魅力が乏しいため、話に入りにくい。明かされる真相もあまりぱっとしない。
遠藤遺書『おまえの犬』は、「監禁」というモチーフと、多数の先例のある叙述トリックに頼りすぎているため、中盤で先行きに見当がつくとその先が単調というか退屈に見えるが、筆力はありそう。
金童子集『プロメテウス・ゲーム』はデスゲームもののライトノベル。オリジナリティが足りない分、まず文章を徹底的に磨くところから再スタートしてほしい。
六畳のえる『妹はリモート探偵~謎解きはビデオ通話で~』は、そつなくまとまっているものの、ありがちなライトノベル系ミステリーの枠を出ていない。
木村一男『三島由紀夫対三億円犯人』は、三島由紀夫がノーベル文学賞を受賞した世界線を背景に、三億円事件を追う改変歴史ミステリー。発想は面白いが、三島由紀夫と三億円事件の結びつきに必然性がないため、途中からどんどん話が退屈になってしまう。ノーベル文学賞の裏事情も冴えない。
渡辺光太郎『飛行機と結婚した女、重婚す』は、豪快すぎる飛行機オタク小説。ロシアのウクライナ侵攻以後の世界ではもはや成立しない脳天気さが貴重と言えば貴重だが、いくらなんでもヒロインの描写が昭和すぎる。いまの小説でこれはちょっと……。