第21回『このミス』大賞 2次選考選評 千街晶之
一定の水準に達した作品は多かったが、特に面白く読めたのはこの三作!
前回に続いて、候補作は史上最多の八作。短い期間で沢山読まなければならない最終選考委員には少々申し訳ない気持ちはあるが、二次選考委員のあいだでどうしても見解が一致しなかった結果であり、飛び抜けた一作はないが一定の水準に達した作品は多かった――ということなのだろうと思う。
今回、特に面白く読めたのは『爆ぜる怪人』『レモンと手』『夜明けと吐き気』の三作だった。『爆ぜる怪人』は冒頭の魅力的な謎、身近な人間関係の中で二転三転する容疑者……と、ミステリーとして考え抜かれているし、陰惨な要素もあるわりに読み心地が楽しいのも美点だ。『レモンと手』は評価が割れた作品だが、ミステリーとしての完成度の高さは候補作の中でも出色だったし、結末の奇妙なカタルシスも印象的(何が良かったのかを説明しようとするとネタばらしになってしまうので、ぼかした表現にせざるを得ないけれども)。『夜明けと吐き気』は、トリックはどう考えても無茶だと思うが、綿密に紡がれたダークな世界観のおかげで不自然さをあまり感じずに済んだ。構成などに不満はあるものの、それらの弱点をねじ伏せるほどの強烈な個性を感じた。
『イックンジュッキの森』は圧倒的なリーダビリティを誇る作品で、ミステリーではなくエンタテインメントとしては最も大賞に近い位置にあるのかも知れない。エキセントリックなヒロイン像もインパクトが強いけれども、彼女の過去に関する設定など、いろいろ修正が必要だとは思う。『物語は紫煙の彼方に』は鮎川哲也賞で最終候補に残った作品らしいが(大幅に改稿しているようなのでその点は問題なし)、ミステリーの蘊蓄などは明らかに鮎川賞向けのままのセンスが残されていて(特にワセダ・ミステリ・クラブや瀬戸川猛資への言及)、『このミス』大賞向けではない。クライマックスは緊迫感があっていいけれども、第二章の居酒屋の殺人は流石に無茶だと思う。ペロシ米下院議長の台湾訪問の日に二次選考が行われたという意味では『龍の卵(ドラゴン・エッグ)』ほどタイムリーな作品はない。広げた大風呂敷をきちんと畳んだ構成力にも舌を巻いた。ただし、登場人物は少々魅力に欠ける。『天の鏡』はミステリーとしては弱いが、設定のユニークさと小説としての巧さで気がつくと最終選考に残っていた印象である。今回の八作中、『ゴールデンアップル』の最終選考通過にだけは最後まで反対した。前々回は弁護士、前回は弁理士が主人公の受賞作が出ている賞に、元弁護士が主人公の応募作で勝負をかけてくる時点で、もう少し志を高く持ちましょうと言いたくなるし、復讐屋という設定も目新しさに欠ける。小学生の助手の存在なども(法的に可能だという説明はあるにせよ)奇を衒いすぎである。
続いて、惜しくも二次で落ちた作品について。『さよならを言うために飛べ』は美点・欠点ともに極端な作品。無造作に人を殺めてゆくヒロイン像は面白いけれども、犯行の目撃者が彼女にとって都合のいい存在でありすぎる(しかも二回続けて)という安易さは看過できなかった。そのあたりを改良すれば、大賞は無理でも最終まで残れた可能性はある。『亜米利加の邪馬台国』は、現代パートの大風呂敷と過去パートのシリアスさとの落差が個人的に面白かった。邪馬台国ネタの絡め方にあと一工夫あれば強く推せたと思う。『漆黒の虹』は大きな欠点はないものの、文章・キャラ・謎解きなどの要素がすべて平均点であるため、他の個性的な候補作の中に埋もれてしまった。評価が割れた問題作『蝶に罪はあったのか』は、一次選考委員が指摘した先行作との類似については問題ない範囲だと判断したものの、最後に明かされる自殺の理由が私にはどうもぴんと来なかったため、もやもやした読後感しか残らなかった。書ける人だと思うので、ホワイダニットを扱った先行作をいろいろ読んで、演出方法を学んでから再挑戦していただきたい。
『#誘拐配信』は流行りの特殊設定ミステリーだが、能力者が狭い範囲に固まって存在するなど、ご都合主義の度が過ぎる(こういう設定を使いたいのであれば浅倉秋成の『教室が、一人になるまで』のような、必然性を持たせるための工夫が必要である)。『プロメテウス・ゲーム』は、着想は悪くないものの筆力が追いついていない印象。『妹はリモート探偵~謎解きはビデオ通話で~』は書き慣れた印象で好感は持てるが、ミステリーとしては弱い。
ここからは更に評価が落ちる。『三島由紀夫対三億円犯人』は、三億円事件に関係したとされる実在人物の毒死の真相に前例があるのが致命的。歴史上有名な事件を扱う際は、関連した先行作になるべく多く目を通しておいてほしい。『時間分裂のミトコンドリア』はキャラクターに魅力がないので、せっかく面白くなりそうなネタなのにアイディア倒れになってしまっている。『おまえの犬』は、一発ネタでこの長さの小説一本を保たせるには弱いので、もう少し小技を利かせてほしかった。『飛行機と結婚した女、重婚す』は今回唯一、二次選考に残ったこと自体に首を傾げてしまった作品。実在の企業を出したことや「ガイジン」という表現など、何もかもが無神経。理系ミステリー、企業ミステリーとしても、専門用語の説明が下手で評価できない。