第18回『このミス』大賞 2次選考結果 大森望
『このミス』大賞向きの作品か、今一度ご検討を
今回、502本の応募作のうち、二次選考を突破して最終候補に残ったのは、昨年と同じ7本。ただし、途中経過はけっこう違う。複数の二次選考委員の意見が一致したのは4本だけ。今年の最終候補はもうこの4本だけでいいんじゃないの――という声も出たくらいですが、さすがに4本は少なすぎるので、せめてあと1本は足したい――という編集部の希望を汲んで次点の3本から1本選ぼうとしたところ、どれを拾うかでぜんぜん意見がまとまらず、結局3本増えて7本になってしまったのである。増えた3本がどれなのかは、他の二人の選評から推理してください。
通過作7本に対する大森の評価は(ここで明らかにすると最終選考会に影響するかもしれないので)最終選考の選評を見ていただくとして、惜しくも最終に薦めなかった17作について簡単にコメントしたい。今回、大森がA評価をつけた作品はすべて最終に残ったので、落選作はB評価C評価ということになる。
京家きづ『親指ほどの』は、教授選がからむリアルな医療過誤もの。前半の視点人物のキャラがちょっと面白い。『このミス』大賞からは、海堂尊『チーム・バチスタの栄光』、岩城一麻『がん消滅の罠』と医療ミステリのベストセラーが出ているので、三匹目のドジョウに期待したが、残念ながら後半で失速してしまった。
滝沢一哉『厄介者』は、首のない女の幽霊と同居する元ヤクザの土木作業員が主人公のサスペンス。設定のユニークさとは裏腹に、〝俺〟の一人称の語り口が乱暴というか雑でストーリーに入り込みにくい。〈ちっ、クソめんどくせえ。だが、困難や災難は、それを解決できる奴にしか降り注いでこないものと知っている〉みたいな文章は、この小説にフィットしないのでは。
今村ポン太『次の99人』は、デザイナー・ベビーものから人類進化SFへと発展するサスペンス。話はそれなりによくできているものの、遺伝子操作の中身が全然わからず、リアリティーに欠けることは否めない。
天田洋介『テトリス・ペレストロイカ』はちょっと変わった設定のスパイサスペンス。NSAの末端に連なる日本の零細貿易会社を切り回すスパイと、ソ連から亡命した元CIAエージェントの少女の組み合わせがユニークな反面、ストーリーテリングが弱い。
岡辰郎『魚鷹墜つ』は、密室状態のオスプレイ機内を舞台にしたサスペンスという設定が抜群。キャラクターと語り口がよければ大賞も狙えそうな素材なのに、読んでみるとぜんぜん話が盛り上がらず、残念なことでした。
澤隆実『EQ 彷徨う核』は、イラクに原爆を回収に行くという大型冒険小説。細部に説得力がないのと、ストーリー展開が単調でメリハリに欠けるのが難点。はみだし新聞記者の主人公のキャラにもうちょっと個性がほしかった。
初宿遊魚『鰓を食らい、毒を矯む』はライトノベル系の歴史ミステリ。キャラは悪くないが、題材が地味すぎる。
西宮柊『パンドラの微笑み』は公安もの。ドラマの原作になりそうな設定とストーリーだが、小説としてはちょっと弱い。
以上8作品がB評価で、残り9本は、個人的にあまり高く評価できなかった作品。まあ、一次選考を突破したということは、500編余の上位5パーセント以内に入ったわけで、一定の水準にはじゅうぶん達しているわけですが、足りない部分も多い。
貴志祐方『ユリコは一人だけになった』は、恩田陸『六番目の小夜子』系列の学園ミステリ。ユリコ伝説のユニークさ、面白さが勝負を決めるポイントになるが、説得力に乏しく、設定を詰め切れていない。
遠野有人『自由の女神』はライトミステリ調のブラックアウトもの。試みとしては面白いが、こういう話を書くならもっとキャラを立てて、迫力を出してほしい。
東雲明『時空裁判(本能寺)』は、仮説自体のもっともらしさはそれなりにあるものの、小説としての面白味に欠ける。SF設定もいまいち冴えない。
佐竹秋緒『プラチナ・セル』は、高野和明『ジェノサイド』のライト版みたいなSFサスペンス。すいすい読めるが、全体にちゃちすぎる印象。細部のリアリティをもっと大事にしてください。
小塚原旬『レナードの詐術』は、天正の少年使節が持ち帰った写本をめぐる歴史ミステリ。地味ながら、昆虫マニアと関西弁の美人尼僧のコンビは悪くない。
石澤明『イベントホライズン』は岩井俊二の映画「スワロウテイル」風の近未来もの。ありきたりという印象が拭えなかった。
あだちえつろう『故漂 鳥取藩元禄竹島一件』は、安龍福をモデルに元禄時代の竹島と韓国の関係を描く歴史小説。力強さは感じるものの、ミステリーとは言いがたい。
蝋化夕日『ヒュプノでしかEGOに読ませられない』は、謎の巨大生物EGOに対抗すべく設立された催眠術専門学園を舞台にしたミステリ。仕掛けは面白いが、さすがに設定のオタク度が高すぎて、この賞には向かない。メフィスト賞系?
荒木孝幸『15 seconds gun ―フィフティーンセカンズガン―』は、撃った相手の存在をなかったことにできる魔法の銃をめぐるミステリ。森川智喜『そのナイフでは殺せない』とかの系列で、展開によっては面白くなる設定だが、可能性を生かし切れていない。
以上、一次選考を通過した24作品のうち、最終選考に残った7本をのぞく17作品についての感想でした。
『このミス』大賞は、狭義のミステリー以外も対象になるし、数あるミステリー系の長編新人賞の中でも間口が広いほうだと思いますが、過去の受賞作や宝島社文庫の『このミス』大賞シリーズを読んでいただければ、ストライクゾーンの高め低め内角外角ギリギリのラインがどのへんに引かれているかはある程度見当がつくはず。たしかに、160キロを超える剛速球なら、たとえクソボールでも思わず振ってしまう可能性はありますが、はたして応募先はこの賞でいいのかどうか、原稿を送る前に、もういちど冷静かつ客観的に考えてみてください。