第18回『このミス』大賞 2次選考結果 千街晶之
「本命不在」ながらも、ユニークな作品が残る
あまり水を差すようなことは言いたくないのだが、嘘も言いたくないので率直に書くと、今回、選考会に向かった私の頭の中で点滅していたのは「本命不在」の一語だった。長いことやっていればこういう年もあると思うしかない。
といっても、つまらない作品ばかりだったわけではない。最終候補に決まった7作中、私が推したのは『闇だまり』『模型の家、紙の城』『フィオレンティーノ』。『闇だまり』はやや地味な話ながら、これでもかと言わんばかりの連続どんでん返しと、伏線の巧みな回収に感心した。『模型の家、紙の城』は明らかに不要と思われるエピソードもあるものの、探偵役のユニークさは飛び抜けているし、犯人の動機もインパクトが強い。『フィオレンティーノ』は私しか強く推さなかった作品だが、16世紀のトスカーナ大公国を描くのであれば押さえておくべき史料をきちんと読み込んでいることが窺え、西欧歴史ミステリーとして高い水準に達していると感じた。
『君が幽霊になった時間』は、中盤までがつまらないという致命的欠陥を抱えた作品ながら、解決篇のエキサイティングさ、本格ミステリーとしての狙いの非凡さは全候補作中でトップであり、弱点に目をつぶってでも最終候補に残す値打ちはあると思った。『わたしの殺した力士』は無茶な部分もあるが、真相のミスリードは巧みで、まずは水準に達していると言える。
問題は残り二作で、『贋者江戸川乱歩』は戦後ミステリー史を俯瞰して、そこに作家たちの見えざる闘争を幻視した雄大な意図はわかるものの、実在の人物のあまりにも無神経な扱いには頭を抱えた(もしこれが出版されたら、作中人物の遺族から抗議が来る可能性は高いと思う)。『はぐれた金魚は帰れない』は他の選考委員の評価は高かったが、大風呂敷を拡げるのならばそれを支えるディテールに説得力が必要になるということを理解していない大雑把な書きぶりに辟易したので、個人的には全く評価しない。
最終に残らなかった作品で、最も惜しいと思ったのは『パンドラの微笑み』。公安警察小説として途中までは非常に面白く読めたので、最終候補は確定かと思っていたのに、安易な結末によって台無しである(今回、この作品と同じタイプの結末の原稿が何故か多かった)。『ユリコは一人だけになった』は恩田陸『六番目の小夜子』を想起させる学園ものだが、真相の意外性が乏しく、性同一性障害の人間の雑な描き方も気になった。
『EQ 彷徨う核』『魚鷹墜つ』『テトリス・ペレストロイカ』は、いずれも冒険小説であり、舞台が現代か過去かは別として、世界情勢を背景にしている点が共通している。起伏に富んだプロットを重視している反面、キャラクターの魅力がいまひとつ乏しい点も。この中では『EQ 彷徨う核』が最も上出来とは思うが、語り口の単調さは否めなかったし、カーチス・ルメイという実在の人物の扱いに気になる部分があったのは『贋者江戸川乱歩』と共通している。
『故漂 鳥取藩元禄竹島一件』は歴史小説の新人賞なら候補に残したかも知れないが、ミステリーの要素が乏しすぎる。『鰓を食らい、毒を矯む』『時空裁判(本能寺)』は歴史ミステリーだが、歴史の謎に関する仮説には説得力があるにせよ、小説としての面白さや完成度は物足りない。あと、歴史ミステリーを書く応募者に言っておきたいのは、主人公の前に立ちはだかる敵役を安易に小物にしてはならないということ。例えば『時空裁判(本能寺)』で言えば、主人公サイドと対立する歴史学の権威が、細川藤孝の実兄の三淵藤英のことすら知らないというのは不自然だろう。敵が強大であればあるほど主人公のヒーロー性が引き立つのだということを認識してほしい。『レナードの詐術』も歴史ネタだが、盛り込まれたさまざまな要素のバランスが悪く、前回の応募作『セリヌンティウス殺人事件』に遠く及ばずという印象。
『自由の女神』『プラチナ・セル』『次の99人』は、場合によっては「隠し玉」に滑り込めるくらいの面白さはある。逆に言うと、大賞や優秀賞を取れるくらい突き抜けた要素が見当たらない。『ヒュプノでしかEGOに読ませられない』は書きようによってはもっと面白くなったと思うが、全体の構成やラストの説明が未整理なのでミステリーとしての狙いが減殺されている。『15 seconds gun ―フィフティーンセカンズガン―』は、既存作品からの影響が強すぎて推せない。
『厄介者』は幽霊にまつわる奇想は買うものの、全体的にあまりに古めかしい。『イベントホライズン』は、極端に読点が少なく改行が多い文体が気になって、内容が頭に入ってこなかった。『親指ほどの』は、率直に言って一次選考を通ったのが最大の謎。医療に関するディテールの詳細さだけは評価できるが、作者が医師なのだから書けて当たり前とも言える。