第15回『このミス』大賞 2次選考結果 村上貴史

読み手の好みの差をねじ伏せるような力を備えた作品を

 今年の選考会は、なかなかに紛糾した。3人の2次選考委員の評価がいつになく割れたのだ。その結果、21本の候補作の候補作の半数以上に誰かがA(最終選考に推したいという評価)をつけるという状況になってしまった。しかも、ある選者がプラス評価をした特徴が他の選者には欠点として見えていたり、あるいは、ある選者が重視した特徴が、他の選者には重視するポイントではないと感じられていたりして、優劣の議論が単純ではなかったのだ。時間をかけて丁寧に議論を重ねることでなんとか7本の最終候補作を絞り込んだが、さて、最終選考会はどう展開していくのだろうか。
 ここではまず、最終候補の7本に言及しておこう。田内杏典の警察小説『変死区域』は、個人的には今回のベスト、それもダントツのベストだった。1960年代のデトロイトを描ききる筆力がまず圧倒的に優れている点に惹かれた。しかもそのうえでプロットが考え抜かれている。このプロットは――抽象的な言い方だが――実に現代日本ミステリ的で、大胆なアイディアだ。これこそが、“なぜこのタイミングで半世紀も前の米国を舞台にした警察小説を日本人が書くのか”という問いへの回答となろう。とはいえ、このアイディアには賛否両論があると思われる。実際に2次選考会の席でもそうだったし、下手をすれば、最終選考会では賛否の否ばかりかもしれない。だが、あの時代の警察小説にこのアイディアを盛り込んだことこそが、この作品の新しさであり現代性であり、その試み(と少々不器用だがその成功)を高く評価したい。先に述べたように筆力は高く、警察小説としての地力が十分にある上でのこの付加価値だ。最終選考に進むべき一作である。
 その他の6本は、愉しく読め、最終選考に推そうと思いつつ、何処かに何かしら気になる瑕も目にとまった。
 三好昌子『縁見屋の娘』は、『変死区域』と同じく筆力を高く評価したい。艶や完成度はこちらの方が上か。しかし、展開に関して、前振りの割にクライマックスの盛り上がりがもう一つのように感じてしまい、『変死区域』ほどには絶賛できなかった。
 綾見洋介『小さいそれがたくさんいるところ』は、複数の鉄道マニアを中心人物に据え、北海道の景色や歴史を語った一作で、十分に愉しく読めた(今回の二次選考でトップクラスだった)。その愉しさが、旅の物語としての愉しさだった点は減点要素だが、旅の延長での冒険の物語として輝いており、最終選考での健闘も期待できる。
 薗田幸朗『沙漠の薔薇』も読ませてくれた。各キャラクターが割り振られた役割を”いかにも”なままに演じている点は残念だが(特に子供や女性)、物語の展開のテンポがよく、気付くとページをめくっているのだ。各関連施設とその破壊に関する記述も実に“それっぽく”、愉しめる。満足度は高い。
 志駕晃『パスワード』は、スマホやSNSの時代において、クラッキングを契機として人間関係が変化していく様が興味深く読めた。クラッキング技術そのものはもうひと味欲しかったが、犯罪者、ターゲット、警察という三つの視点を活かして物語を転がしていく力は十分にあった。
 森岡伸介『クルス機関』は北朝鮮によるテロ計画に公安のはみ出し者が立ち向かうのだが、北朝鮮工作員のプロらしからぬ雑な行動が序盤で提示され、かなり萎えた(殺人後のPCすり替え場面とか。その後もこうした雑さは時折顔を出す)。クルス機関と呼ばれる男の年齢設定や独走ぶりにも不自然さを覚えたりした。ただその後は物語が走り始め、途中からはJKという異物も登場してアクセントとなり、快調に読み進むことが出来た(こちらが読み慣れたせいもあるだろう)。他の方々の推薦に抗うほどの瑕ではないと判断した。
 岩木一麻『救済のネオプラズム』は、少々異色。第13回で落選した作品を書き直し、全くの別物として仕立て直して再度挑戦してきた作品なのだ。今回の挑戦では、前回の主要な仕掛けに拘泥することなく、新たな要素をたっぷりと盛り込んでいる。その心意気を評価したいし、しかも、単独作品としての完成度も高まっている。最終選考委員は前回の作品を読んでおらず、そうした“進歩”という要素を感じることなしに作品を評価することになるわけだが、それでもこの作品は魅力的に感じるであろう。全体を貫く大きな思惑を肯定的に捉えるかどうかが最終選考での分かれ目か。
 とここまでが最終候補作。これから先は、そこに進めなかった作品群である。
 まずは、綾稲ふじ子『汽水域』、中川つちか『青春は、『レル』なしでは語れない』、松野未加子『萬朝報怪異譚――幸徳秋水の狐落とし』。いずれも私が1次選考で選んだ作品だが、最終選考には残せないという結果になった。“おいおい”という意外な展開が終始一貫貫かれる魅力や、小粒ながらもちゃんとしたミステリとして作られている手堅さ、ドSキャラが年上男を振り回す面白味などが、そもそも他の選考委員から支持されずに苦戦したし、また、ライバルとなった最終候補作7作と較べての決め手にも欠けた。残念だが、2次選考は2次選考でまっさらな眼で比較するので、この結果もやむなしである。
 続いて惜しかった作品をいくつか。
 新井春葉『レジスタント・セル』は、科学研究の魅力をたっぷり語り、また、それと報道との関係を掘り下げていて、それだけで読ませるのは大したものだと思うが、ミステリの魅力があるかと問われると、実はそうでもない。事件もあっさりと全体のなかの一つのエピソードとして消費されていて物足りなかった。
 小野高義『リサーチャー石井の事件簿 ~仮面ちゃん殺人事件~』は、元キャリア組の警察官だった石井というTV番組の下請けリサーチャーの独白が毒でよい。この語り口は買い。ダメキャラが実は優れた編集能力を持つというのもベタな展開だが、その優秀さが語られていてよい。あるキャラクターが最後に明かす素性も衝撃的でよい。だが、そうした光るパーツはあるものの、全体としての構成が弱く、事件そのものやその解決も練り込み不足を強く感じた。
 井塚智宏『クライム&パニッシュメント』の導入部は相当に良好だった。しかしながら、重要な役割を果たす特異な刑事が特異である説得力に欠けていて、読み手としては作品にのめり込めない。最後で提示される“罰”もまた作り物めいていて興醒めしてしまう。
 新月座『魔術師』の雰囲気はよい。クラシカルな本格ミステリの雰囲気に満ちていて、その雰囲気だけで合格点を与えたくなるほどだ。だが、物語のテンポがあまりに遅い。また、現代を舞台にした物語と設定されている割に、現代らしさに欠ける。いっそ昭和の物語としてしまった方が、作品世界との親和性が増しただろう。
 ここから先はもう一段階落ちる。
 澤江晋平『眠りの海の子供たち』が描く沖縄の模様はよい。ミステリとしては、関係者が都合よく情報提供しすぎで事件を解明していく面白味に欠ける。
 桐山徹也『愚者のスプーンは曲がる』は特殊能力を持つ面々が登場する物語。そのなかで、主人公の能力設定(特殊能力の効果も代償も消す)はユニークな着眼点で愉しめたが、作品全体を通して、その設定以上の魅力とは出会えなかった。
 遊民凡吾『暗号遺言』は、テンポよく話は進むが、雑なテンポのよさだ。偶然出会った男と偶然顔立ちが一緒で、とか。また、暗号の真相も、ある知識を有する者からすると、非常に素直なネタ。つまり、知識依存の暗号解読となっているので、そこにもう一ひねり、知恵を使う仕掛けを用意しておいて欲しかった。
 君野新汰『物語の終わり』は、長いプロローグを読んだという印象。エピソードを積み重ねてキャラクターが確立され、これから彼等が本格的に活躍を繰り広げるのだろう、というところで作品が終わってしまっている。
 最後は、評価が分かれた2次選考のなかで、早々に落選が決まった3作品を。
 破屋酔雲『信長の首』は、非常に書き慣れたような文章でテンポよく場面を積み重ねていくが、登場人物たちの行動も謎解きもいかんせん軽すぎる。
 近藤健四郎『紋白蝶は高貴に散る』は、漢字の使い方や小道具の選び方、あるいは応募原稿で使われていたフォント、さらには謎の設定など、作者だけが作品世界に酔っているようで、置いてきぼりにされた。
 富士登湖雪『十四体目の幽霊』は、物語を構成するピースがバラバラで、多視点の記述を並べただけの状態で、読者を結末まで牽引する勢いに欠けた。
 さて、2次選考を終えての総論だが、今回の応募作は、作者が自分の書きたいもの(あるいはよく知っているものや得意なもの)への依存度が高かったように思う。要するに持ちネタだけに頼ったような作品が多かったのだ。だからこそ選考委員各自の票がばらけてしまったのである。波長が合えば愉しめるし、そうでなければ響かない。読み手の好みの差をねじ伏せるような力を備えた作品が欲しいところだ(そうした作品と出会えば、少なくともこの賞の選考委員は、自分の好みなどでは判断しない)。得意なものを中心に据えることを否定はしないが、それを光らせるための他の要素や展開への注力、あるいは文章の推敲も怠らないで欲しい。最終選考に残った7作には、大なり小なりそれがあったのだ。

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