第15回『このミス』大賞 2次選考結果 千街晶之

弛まないリアリティの追求を

 今回の二次選考では七作品を残したが、その中で、是非とも特筆しておきたいのが『救済のネオプラズム』についてだ。一次選考委員の北原氏のコメントにあるように、これは二年前の『このミス』大賞で一次選考を通過した『完全寛解』の改稿である。しかし、ただの加筆・修正ではない。メインの素晴らしいアイディアは残しつつ、全く別の作品と言っていいほど全面的に手直しされているのだ。ちょっとした加筆程度で複数の新人賞に何度も応募する人は多いが、これほど徹底的に手を入れ、完成度を高めた例は稀である。原型の原稿を読んでいない最終選考委員がこの作品をどう評価するかはわからないけれども、二次選考委員がこれを評価せずしてどうするのかと思うほど、この作者の姿勢には感動したと記しておく。
 他の通過作では、大規模な国際的謀略を扱った原稿が二作あった。『クルス機関』は実在の人物や政治団体をあからさまに想起させる点が安易という読み方もできるが、ここで描かれる謀略に説得力を持たせるには実在の人物を連想させるキャラクターが必要だったとも考えられるので、その点はプラス要素と見ておきたい。『沙漠の薔薇』はイランの核燃料開発施設の査察という題材を、典型的日本人の査察官を主人公にすることで興味深く読ませることに成功している。リアリティのあるディテールや、ラストに向けてのひねりには感心したし、板挟み的な立場になるイラン人科学者などのキャラクター造型も評価したい。家族を殺され復讐に燃えるイスラエルの工作員がショシャナという名前なのは、某映画を意識しすぎという印象も受けたけれども。
『小さいそれがたくさんいるところ』は好感が持てる作風ということで意見が一致した。北海道出身の私としては、北海道の雰囲気がよく描けている点を特記しておきたい。『パスワード』は先が読めない展開に引き込まれた。ただし、被害者パートと犯人パートに比べて警察の捜査を描くパートがあまりに稚拙だが、この程度ならば改稿によって何とかなると判断した。個人的にあまり推せなかったのが残り二作で、『縁見屋の娘』は端正な作風だが突出した魅力が感じられず、『変死区域』はいくら一九六○年代のアメリカだからといってこんな無茶がまかり通るわけがないが、それぞれ茶木・村上両氏が強く推したので、はまる人が読めばはまるのだろうと思い最終に残した。
 ここからは、残念ながら最終まで残れなかった作品について。『愚者のスプーンは曲がる』は、新味はないものの、超能力もののお約束に対するメタ的な突っ込みを含めて楽しく読んだ。どう考えても大賞や優秀賞ではなく隠し玉向きだが、こういう傾向の作品も最終まで残しておきたかった気はする。『魔術師』は小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』を意識したような本格ミステリー。時代背景が平成なのに微塵も平成らしさを感じさせない潔い反時代性を買うが、肝心のサプライズの演出には目新しさがほしかった。私しか褒めなかったのが『暗号遺言』。御都合主義もここまで徹底して積み重ねればひとつの世界観であると主張したが、理解されなかった。
『信長の首』は忍者同士のバトルの描写は面白く読んだが、笑仮面の正体を絞り込むための消去法はゆるいし、黒幕の正体も途中から見え見えだったのでミステリーとしては評価し難い。『青春は、『レル』なしでは語れない』は語り口やキャラクター造型に魅力があるのは確かだけれども、強く推せなかった理由はミステリーとしてのネタの弱さに尽きる。『汽水域』は横溝正史の『三つ首塔』を連想させるような遺産相続+ロマンスのサスペンス小説だが、あっちにもこっちにも話を拡げたせいで、どこが作品の中でメインの要素なのか少々わかりにくかった。『物語の終わり』は読みやすいが筋がストレートすぎて、ミステリー的なひねりが一段か二段はほしいと感じた。『十四体目の幽霊』は多視点にしたことがあまり効果を上げていない。
 今回の特色として、(既に触れた『変死区域』もそうだが)途中まではそれなりに読ませるのに終盤で腰砕けになった作品が多いことが挙げられる。『クライム&パニッシュメント』は、これほどの大事件なのに、表向きどう決着したかが何も書かれていないのはいくら何でも無責任。どう考えても、主人公の刑事が報告しなかったからといって済む事態ではない。『レジスタント・セル』はせっかく魅力的な設定や謎を提示しているのに後半は先が読めてしまう。大演説で締めくくる結末は、まともな小説であることを最後になって放棄したとしか思えなかった。『眠りの海の子供たち』は社会派小説としては読み応えを感じたが、犯罪を扱っているとはいえミステリーの作法に則って書かれていないので行き当たりばったり感が強い。また、犯人のうちひとりの自殺と告白で事件が決着するという安易なパターンを何の工夫もなく採用しているのも大幅な減点対象だ。
 残り三作は、私には美点がどこにあるのかわからなかった。『紋白蝶は高貴に散る』は、普通なら地の文で使われるような形容が会話で使われていたり、形容詞が名詞として使われていたり(「エゴイスト」または「エゴイズム」であるべき部分が「エゴイスティック」になっていたりする)、とにかく日本語として変な箇所がいちいち気になって読み進めるのに苦労した。『萬朝報怪異譚――幸徳秋水の狐落とし』は相馬事件という史実に頼りすぎ。この事件についてある程度予備知識がある人間が読むとミステリー的な工夫が何も見当たらない。作中で最も奇妙なエピソードに説明が用意されていないのも不可解。『リサーチャー石井の事件簿 ~仮面ちゃん殺人事件~』は何もかもが出鱈目。現実にあり得ないような大きな虚構を成立させるために、その他の部分でリアリティを追求するのが小説というものだと思うが(リアリティの種類は作品世界に合わせて変化するものだとしても)、この作品は小説を書く努力を怠っているとしか思えない。

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