第24回『このミス』大賞 1次通過作品 その青をこえていけ

死者の脳を一時的に活性化させ
記憶を取り出すことが可能になった近未来
アンドロイドのルリが事件の謎を追う

『その青をこえていけ』高峯砥山

 亡くなった人間の脳に特殊なバイオチップを注入し、一時的に脳を活性化させてそこにある記憶を取り出すことが可能になった近未来、という設定である。新型の遺言という意味でネオ・テスタメント法(ネオテ)と呼ばれるこの技術が軸になるということで、ミステリーとしての狙いはだいたい見えてくる。読者の予想をどのくらい上回ることができるかという点が腕の見せどころだが、まずまず及第点をつけられると思う。
 要であるネオテ法も含め、設定に関する文章は過不足なくよく書けている。視点人物にルリというアンドロイドを配したことが効果を上げているのだ。ルリはアンドロイドだが、人間的な凹凸のある性格設定がされている。ヒトではないものが人間に極めて近い考え方をしている、という主人公なのだ。ルリが与えられた事件に関する情報を読者も共有することになる。いったん整理された形で読むことができるので、理解しやすいのである。ルリとはまた違う知性の持ち主であるマッポくんというAIが途中から出てきて彼女と対話を始める。このやりとりによって物事の見え方が覆されるくだりもあり、話を立体化させている。
 おもしろい設定だけどこのまま行くのかなあ、と思って読んでいると中盤から動きがあり、話の雰囲気もがらりと変わる。珍奇なものを見せるだけでは読者に飽きられてしまうということを書き手はよくわかっているのだろう。終盤まで話は動き続け、退屈しない。
 科学的な正確さについてはよくわからないが、変形の警察小説として大変楽しく読んだ。筆法はいわゆるスリラーのもので、謎で読者の興味をつなぎとめておきながら、主人公の投げ込まれた状況を動かしていくことで話を作っていく書き手なのだと思う。弱点はもちろんある。どんなときにもしれっと自分を崩さないルリの印象が強すぎて、その他の登場人物に存在感がないのもその一つだ。人間の代わりにマッポくんが頑張るから、それでもいいか。

(杉江松恋)

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