第24回『このミス』大賞 1次通過作品 Moanin’ -モーニン-
殉職した婚約者の無念を晴らすため
大阪府警の組対に転属となった刑事が
風俗情報サイトの利権絡みの事件を捜査する
『Moanin’ -モーニン-』矢上新十郎
大阪を舞台にした犯罪小説で、暴力団と中国マフィアの抗争が軸になっているという点は既視感があるのだが、性風俗産業サイト利権の奪い合いという題材は現代的だ。性風俗を巡る物語といってもどろどろとした時代臭はない。性風俗店の内部描写がほとんど行われないのは、中で行われていることよりも、そこから生じる金のやりとりが主眼だからである。現代の小説としてきちんと情報がアップデートされていると感じた。
実在する固有名詞を織り込んで臨場感を出す一方で、登場人物に大袈裟な大阪ことばを話させるような泥臭い演出はしていないので、非常に都会的な印象を受ける。複数の陣営が対立関係にあって、大阪府警組織犯罪対策本部に属する主人公が抗争のためめに起きたと思われる事件を捜査するという物語だ。人の出し入れが頻繁に起きるので、下手な書き手にかかるとごたごたした話になりそうなのだが、読みやすくなるようにうまく整理している。洗練された書きぶりだと感心した。最後までするする読める。
物足りない部分についても書いておく。主人公の美馬真紀は婚約者が殉職した無念を晴らすために組対に転じた刑事だ。キャラクターの中心にあるものは復讐である。にもかかわらず銃に対するトラウマがあり、暴力を行使することができないという設定なのだが、これが十分に生かされているとは言えない。途中で危地に陥ることはあるが、美馬は終始傍観者的なのである。どうすれば美馬の物語になったのかを、作者は熟考する必要がある。アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズの「Moanin’」が題名に使われている。この名盤がモチーフとして機能しているかというと、そうではないのである。アルバムの収録曲名を文中に出すだけでは、単なる装飾である。題名に通じる情念を作者は書きたかったのかもしれないが、万人に判るようには表現できていない。この点についてもよく考えていただきたい。
(杉江松恋)














