第19回『このミス』大賞1次通過作品 常山蛇勢

留置場勤務を命じられた元交渉人の刑事。
彼は殺人事件の被疑者の青年と留置場内で将棋を指す。
その勝負にあんな意味があろうとは!

『常山蛇勢』高山佳樹

 犯罪者との交渉を専門としていた刑事が、ある交渉の失敗を機に留置場勤務を命じられる。そこで彼は、殺人事件の被疑者として留置された尾上というアマチュア棋士の青年と出会うことになり、そして奇妙な交流が生まれる……。
 いくつもの魅力を備えた良作である。
 相田匠という主人公が、相当にユニークな経歴で留置場勤務に流れ着いた点を特徴とする本作だが、まず、相田のその経歴に読み応えがある。特に、相田が担当した立てこもり犯との交渉の事例がしっかり書けている点がよい。3つ語られる事例の3つがいずれも個性的なエピソードとなっていて愉しく読める。しかも、3つのそれぞれに、この小説の中に配置される意味があるから感心させられる。
 こうした小説作りの上手さに加え、キャラクターの造形にも長けているから嬉しくなる。特に主人公の相田匠については、その仕事ぶりの説得力で魅力が生じているのが素晴らしい。性格とか言動とかを個性としてチャーミングにみせるのではなく、警察官の本分そのもので魅了するという真っ向勝負が嬉しい。しかもその仕事っぷりにおいて、正攻法と搦め手が程よくブレンドされているのもエンターテインメントとしての加点要素だ。
 相田のみならず、彼の相棒として行動することになる秋川香純という若手の警官や、尾上の隣室に留置されている男など、主要な脇役からホンの端役まで、皆が皆しっかり人として生きていて高く評価したい。もちろん、尾上もそうである。
 そしてまた尾上と相田の交流が絶品なのだ。なんと彼等は留置場内で将棋を指すのである。尾上は脳内に駒を並べ、相田はメモに動きを書き留めるという相違はあれど、一手ずつ、お互いの言葉を通じて駒を動かして勝負するのだ。もちろん、この交流の意味は物語の後半になって判るように作られている。その意味が明らかになったときのインパクトは――そう、喜びである。小説を、ミステリを読んできて嬉しくなる瞬間が、そこにはあったのだ。
 改善点を探すとすれば、冒頭か。本丸にストレートに切り込むのではなく、周辺から徐々に、という描き方を試みたのだろうが、中途半端に終わっている。周辺を魅力的に描くにしては駆け足過ぎて、ノイズになってしまっている。とはいえ、そのノイズにしても描かれている人物は魅力的だったりするので、それはそれで著者の力量を物語っていたりするのだが。
 というわけで。皆さんに読んでみて戴きたい一作なのである。選考委員だけが愉しむというのは、なんだか後ろめたい。

(村上貴史)

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