第19回『このミス』大賞 次回作に期待 村上貴史

『クラーナハの剣』荒井曜
『神を呪う者たち』長澤勝則
『麗しき唇』神野百合
『明治銀座煉瓦街茄子堂』入谷近眞
『マドリガル』原田譲
 
 今回の自分の箱はかなりの“あたり”だったように思う。応募原稿の入った箱を全部で四つ受け取ったのだが、そのうち一つは、これまであれこれ予選委員を務めてきたなかで、最高といってもいいくらいの箱で、次から次へと良作が飛び出してきた。また、その箱には及ばぬものの、やはり手応えのある作品が例年をずっと上回る確率で入っている箱ももう一つあって、驚くとともに“読む愉しさ”を堪能させて戴いた。そんな状況だっただけに、ここに記す5作は、過去の一次通過作と較べて、さほど劣るものではない。しかしながら、新人賞は絶対評価であると同時に相対評価でもあるので、より強い作品と闘えば、いくら良作でも落選となってしまうのだ。作品を徹底的に磨き、長所を伸ばし、勝ちきることが重要である。
 というわけで、勝ちきれなかった5作品を“次回作に期待”として紹介しよう。

 荒井曜『クラーナハの剣』は、絵画贋作を題材とした小説。冒頭のオークションシーンがまずよい。著者の知識がしっかりと小説の形に落とし込まれていて、作品の世界にスムーズに読者を引きずり込んでくれる。高額の絵画を落札したIT長者の造形は、ここ数年話題となっている実在の人物を彷彿とさせすぎていて、若干鼻白む。ここまで寄せる必要はなかったのではないか。この男と、絵画研究者の美女との駆け引きはしっかりと嫌らしく不愉快に書けていて、小説としてはそれが素晴らしい。だが、作品の途中で舞台が中国に移ると、そこから先は(冒頭とは異なり)情報が情報として並んでしまい中だるみする。また、後半で贋作者の視点でのパートが出てくるのだが、この視点で読者に示される情報のすべてが不可欠だったか疑問。結末は、研究者がそれなりに罠を仕掛けていて愉しめた。総合点はかなり高いのだが、中だるみが敗因。
 長澤勝則『神を呪う者たち』は、霊の怒りや、それが人を殺めるシーンの迫力は相当なもので、強く魅了された。その一方で、神の世界観などの説明の場面になると、Youtuberを用いるなどの若干の工夫はあるが、説明のための説明描写になっていた点が残念。全体としては、恨みの連鎖というシンプルなストーリーを筆力で最後まで支えきった点に、書き手としての力量を感じる。今後は説明部分の処理を磨くことが必要だろう。これができれば、結末まで夢中になって一気に読む進められると思う。その後、いずれはプロットとしての魅力を考えるべき時期も来るだろうが、まずは、シンプルなストーリーを仕上げるための説明の工夫からと考える。
 神野百合『麗しき唇』は、復讐譚としてきっちり読ませてくれた。手の込んだ復讐が行われており、それが魅力なのだが、一方で、何故そこまで手の込んだ復讐作戦を立案したのか、という点の説得力が足りない。また、復讐作戦の実行にあたっても、ヒロインの美貌がかなり万能のツールとして機能していて物足りない。あまりにスムーズに復讐が進んでしまうのだ。ここも減点ポイント。もう少しハラハラさせて欲しかった。
 入谷近眞『明治銀座煉瓦街茄子堂』は連作短編集。最後に明かされる切腹の動機は十分にサプライジングで満足させてくれた。しかしながら、連作短篇の各篇でのサプライズは薄い。例えば「開花の鬼女 ポリス密室殺人事件の謎」という短篇は、タイトルの割に密室の真相が弱すぎる。この形式を採用するからには、各篇の魅力がまずあり、そのうえで全体としての魅力が必要となるので要注意。また、兄弟の視点が用いられているが、弟に絞った方が、より強い物語に仕上がったのではなかろうか。兄視点で読者に提供していた情報をどうするか、という整理は必要だが。
 原田譲『マドリガル』は、近未来の日本で移民居住用に作られた人工島(ある種の治外法権エリアとなる)の濃密なアンダーグラウンド描写に力量を感じた。この魔窟を訪れた主人公が、いつしかドラッグに絡め取られ、人を殺めるまでに墜ちていく様が生々しくて好ましい。だが、この主人公が割とあっさり人を信じてしまうところが物足りない。また、クライマックスではもう一つ盛り上がりがあってもよかった。また、エピローグも雰囲気を漂わせて終わるのではなく、きちんとピリオドを打った方がよかった。全体としては、シーンからシーンへと読者を誘導していく力や、キャラクターの言動を操る力はしっかりしており、次回作に期待したくなるのである。

 さて、今回の一次選考において、通過作にも次回作に期待にも残せなかった方々のなかには、過去にこの賞に応募しつつ、二次選考で落ちた方もいる。そうした方の今回の応募原稿を読んで感じたのが、二次選考時の選考委員コメントで指摘された問題点が改善されていないということ。落選経験を活かすも殺すも御本人次第だが、指摘が活かされず、進歩がないのはやはり残念に思う。
 また、他の賞での落選作を応募してこられた方もいた。絶対の自信をお持ちなのかもしれないが、正直なところ、こうした応募の仕方には疑問しか感じない。プロの作家として活躍するのであれば(選ぶ側はもちろんこうした書き手を求めている)、いくつもの作品を書き続けていく能力が必要になる。ある賞で落選という結果に終わった作品に頼るという姿勢は、その能力がないと自分でPRしているように思えてしまうのだ。落選作はデビュー後のストックくらいに割り切って、それぞれの賞には、新作で挑むのがよいと思う。どれだけの作品を完結させたかが作家の力量に繋がるということを意識されてはいかがか。

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