第19回『このミス』大賞 次回作に期待 杉江松恋

『爆心地より愛をこめて』杉本宗介
『クライングラビッツ』田中祐輔
『記憶の海のクオリア』横田シュン
『蝉フィクション』小日向遊
『賽の河原』犬飼圭
 
 今年も過去作を改めたという原稿が送られてきたのですが、なんらかの理由があって落選した過去のある作品にこだわっても良い結果は出ないと思います。たしかに改稿作品が受賞した実績もある「このミス」ですが、それは例外中の例外。さっさと諦めて次を書いた方がいいですし、質と同時に「量」も書ける才能を求めていることをどうぞお忘れなく。
 以下、私が担当した作品についてコメントします。「次」に結びつきますように。
『爆心地より愛をこめて』今一つだな、と思う作品の共通項として設定のご都合主義が挙げられます。本作も同様で核爆発クレーターに無法地帯が出来上がるという発想で作者は安心してしまっていますが、なぜそういう設定なのか、と立ち止まって考えられたことはおありでしょうか。どれ一つとして無駄な要素がないのが完成品としての小説です。本作ではもう一点、タイムラインの杜撰さが気になりました。19年という時間が流れているにもかかわらず、登場人物は数ヶ月しか年をとっていないように見えます。虚構の中とはいえ、人間を生かしておくのは大変なことです。リアリティの積み上げにもっと配慮を。
『クライングラビッツ』格闘小説ですが、『爆心地より愛をこめて』とは別の意味でリアリティの欠如を感じました。作中で描かれているような興行は存在しうるでしょうか。そこに出場している選手たちはどのような手段で生計を立てていますか。アクションとメロドラマが売り物の小説だからこそ、そこで芝居をしている役者たちに存在感がなければ読者も興味を持つことはできません。
『記憶の海のクオリア』昨年と同じ「次回作に期待」評価ですが、エンターテインメントの賞で評価されるためには、作者が自分だけで喜ぶのではなく、読者にも楽しんでもらう工夫が必要だということを強調しておきたいと思います。独自設定を作ったところで力尽きてしまい、それがどのようなものか読者に理解させる努力を放棄していないでしょうか。これはくどくどと説明をしろという意味ではありません。小説の中でオリジナルの固有名詞を使ったら、それが一発でわかるためのエピソードなりわかりやすい描写なりが必要です。本作は途中で世界が一変する驚きはあるものの、全体的なわかりにくさ、特に後半になってからの生硬さが読み進める上では障害となりました。カテゴリーエラー一歩手前だと思います。
『蝉フィクション』たいへん申し訳ないのですが、典型的なワンアイデアストーリーになってしまっています。ミステリーとしての趣向に目新しい点はあるのですが、長いストーリーの中に小さなトリックが一つあるだけでは不十分です。また、小説のテーマも、一年以内に似たような作品が商業出版されています。不運なことでお気の毒ですが、一つのアイデアに寄りかかりすぎると先行作に似て見えてしまうのです。アイデアを増やすと同時に、プロットをもっと頑強に練ってください。
『賽の河原』医療小説として地に足のついた作品だと思います。しっかりとした倫理観が示されていて好意的に読んだのですが、これもややカテゴリーエラーでしょう。この作品に月並みなミステリー的アイデアを盛り込んで増量するよりも、むしろ一般小説を扱っている賞のほうが作者は向いているような気もします。ミステリーとしての幹を強くすることをもし作者が希望するのであれば、主人公を含めて印象的な登場人物を複数出すようにしてください。それは別に奇矯な人物を作れということではなく、その人の心理の流れを読者が気にしたくなるような、実在感のあるキャラクターということです。本作の弱点は、登場人物の影の薄さにもあります。

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