第15回『このミス』大賞 次回作に期待 宇田川拓也

『女神の天秤』七條幸
『赤い三日月にさよならを』藍原小夜

 

 応募作に目を通し終えて、会話に締まりのない作品が多かったな――と思った。
 ライトな作風を否定しているわけではない。どんなにシリアスで、重いテーマに挑んだものであっても、意味のない掛け合い、説明のための冗長な台詞、クライマックスになっても変化に乏しいトーンのものはあり、これならいっそ、会話を一切省くか、端末の文字だけで構成されたような、大胆な試みに挑んでくれたほうがよほど評価できる。
 前回も書いたことだが、書き始める前に最低限、歴代大賞受賞作には目を通すこと。そして、当ホームページ掲載の選考委員各氏による過去の選評、諸注意、助言をしっかりとお読みいただきたい。これをやるだけでも、大賞賞金一二〇〇万円への距離がグッと縮まるはずだ。

 “次回作に期待”するのは、二作品。
『女神の天秤』七條幸は、天井から吊るしたわが子を母親が殺める、じつにショッキングな場面から幕が上がる。二年前に発生した三件の惨たらしい殺人事件に共通するのは、加害者がいずれも“女神様”なるものに従ったことを供述している点だった。いっぽう、女子大生の友は、ある日、同じ大学に通う“流華ちゃん”との出会いによって人生が大きく変わっていく……。
 出だしを読み、天童荒太『家族狩り』のような物語を想起したが、そんな予想は恐れ知らずの筆致によってたちまち切り刻まれてしまう。拙いように感じていた一文改行の文章からふいに溢れ出す濃密な狂気、人間を嬲り殺す描写の異様な迫力など、なんとも歪な魅力があり、油断がならない。過去と現在を交互に並べ、ラストシーンを力強く読者に突きつけるセンスにも感心した。
 とはいえ、やはり小説である以上、掘り下げること、整えること、磨くことをもっともっと意識して完成を目指してみていただきたい(改行したら一字下げる、といった文章作法の基本はネットでも簡単に知ることができるで、ぜひチェックを)。
 プロフィールに筆歴五ヶ月とあるが、それでこれだけのものを書き上げてしまうのだから、力を秘めた方であるのは間違いない。再度のご応募を、心よりお待ちしている。

『赤い三日月にさよならを』藍原小夜は、大正の東京を舞台に、美男を狙う連続殺人鬼“光の使者”を、トラウマを抱えた財閥華族の嫡子が追うストーリー。文章力もあり、物語の運び方も達者だが、とにかく台詞で説明し過ぎるきらいがあり、読んでいて少々閉口した。また、せっかくこの時代を選んだのなら、たとえば耽美的な彩りや都会の淫靡な雰囲気を盛り込むことで、キャラクターの美貌やクライマックスで明かされる真犯人の情念などもより映えるように思えるが、そうした工夫に筆が費やされることはなく、全体的に色味の少ない平板な印象に落ち着いてしまった。あと、いくらトラウマのせいとはいえ、夜な夜な猫をナイフで殺す探偵役はいかがなものか。なにもこんな形で冒頭から読者を刺激せずともいいように思うのだが……。
 厳しい言葉を並べてしまったが、それもこれも高い筆力をお持ちだと認めているからこそと、どうかご理解いただきたい。ふたたびのチャレンジに期待している。

 最後は毎度毎度の、いつもの言葉で。
「書店員が頭を下げてでも売りたくなるような渾身の傑作を待っています!」
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