第15回『このミス』大賞1次通過作品 汽水域
安直な偽装結婚の先に待っていた思いがけない展開――
不思議と読まされてしまうサスペンス小説
『汽水域』綾稲ふじ子
さて、どう評したものか。先の読めない展開のサスペンス小説として高く詳価するべきか、あるいは、行き当たりばったりの乱暴な小説としてとらえるべきか。そうした具合に評価が二分される危うさを感じさせる作品なのだが、私は前者として評価した。ギリギリのところで。
新宿二丁目のゲイバー。時折そこに立ち寄る26歳の幸代は、常連客の毅一郎に偽装結婚の相手になってくれと頼み込まれる。余命三ヶ月の父親の遺産の一部、五千万円がその報酬だという。幸代は、相手がゲイという安心感もあって偽装結婚に同意した。その後毅一郎の故郷の松江に赴いて“新婚生活”をはじめ、そして予定通り義父の死を迎える。だが、義父の選言状には意外な内容が記されており、さらに、遺言状の開示の場で、幸代は思いがけぬ事実を知らされる……。
ここまででもかなり乱暴と感じられる方があろうかと思うが、それはまだまだ続く。ある人物による幸代の誘拐であるとか、その誘拐犯との間での幸代の心の揺れであるとか、誘拐犯との駆け引きであるとか(これにはビックリさせられたし、読まされた)、あるいは毅一郎の周辺にあった二つの死であるとか、そうしたものが次々と読者に提示されるのである。ジャンケンでいえば後出しの連続のようなものなのだが、不思議とそれが快感であるように読まされてしまう。そうさせるのは幸代というキャラクターの牽引力によるものなのだが、このキャラクターの心も、正直なところ、プレが大きい。そもそも偽装結婚に同意して会社を辞めてしまうあたりからして「おいおい」だ。とはいえ、その「おいおい」が結末まで貰かれているという意味では、首尾一貫しているともいえる。
という具合で、もしかして偶然に奇跡的なバランスが成立した作品なのかもしれないが、原稿の各ページ毎に、幸代はその瞬間なりの輝きを帯びていて、さらに全体として乱暴ながらもサスペンス小説としての緊張感は維持されており――そう、魅力的なのだ。二次に推したくなる一篇なのである。
(村上貴史)














