第15回『このミス』大賞1次通過作品 レジスタント・セル

原子炉施設の事故で生き残ったマウスには
放射線の影響を受けない特異体質が備わっていた
マウスの謎が牽引する生物学スリラー

『レジスタント・セル』新井春葉

 実験の最中に原子炉施設で事故が起き、多くの生命が奪われる事態になってしまう。その中で唯一の生き残りとなったマウスに放射線の影響を受けないという特異体質が備わっている可能性があると判明し、研究者たちは偶然が生んだ奇跡として追及し始める。
 本編はそうした場面から始まる生物科学への関心を中心としたスリラーだ。物語を牽引していくのは〈ラーム〉と名づけられたマウスの体質はいったい何を示すものなのか、という謎である。当然のことながら専門用語が頻出するが、作者の文章は平明で、説明が腹にもたれるということがない。また、一つの謎解きが終わればまた次のものが、というように科学的な興味が数珠つなぎになっていて、最後まで好奇心を刺激するような話題が続くような工夫が凝らされている点も評価できる。今回担当した中では、読者に情報を提供する際のペース配分が最も適切だと感じたのはこの作品だった。
 また、報道機関によって科学者たちの思惑が狂わされていく展開も、この国の状況を写し取ったようで現実感があっていい。好みから言えば、フリーライターのヒロインがやや現実味のないキャラクターである点が私は気になった(キャリアの割には大きな仕事ができるなど、ご都合主義の匂いがするのだ)。別に打ち合わせたわけでもないのに、主人公の思惑通りに動いてくれるヒロインというのは、2016年に出すにはちょっと首を傾げてしまうキャラクターではないか。彼女の存在が単なる添え物ではないだけに、なおさら疑問を感じてしまう。総じて、キャラクターの魅力は薄味だった。着想だけで引っ張るのではなく、登場人物の行動で読ませるようになるためには、その点にまだまだ改善の余地があるだろう。しかし、将来ののびしろは十分に感じる書き手だ。

(杉江松恋)

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