第15回『このミス』大賞 次回作に期待 川出正樹

『湘南裏口入学指南塾! 誘拐事件』藤野まり子
『瘴疫』伊無田博通
『ミュータンス・ミュータント』島谷浩幸

 

 残念ながら今回もまた、昨年同様低調でした。最初に、一次選考で読んだ応募作に対する総評を書いておきます。

1.カテゴリーに当てはまっているか
 募集要項に、応募対象は「エンターテインメントを第一義の目的とした広義のミステリー」と記されているのは伊達ではありません。この賞は、ミステリーの賞です。謎もサスペンスもない、あってもちょこっと付け足した程度の恋愛小説やお仕事小説、時代小説を送ってくるのは無駄というものです。他のノン・ジャンルの賞に応募することをお薦めします。

2.特殊設定によりかかっていないか
 「人の心が読める」「犯罪を犯した者を見抜ける」「死者や動物と会話できる」「幻の古武術や武器の伝承者」「聖なる家系の裔」「神・偉人の転生者」等々。いずれも手垢が付きすぎた設定で、それだけによりかかっていては、受賞はおろか一次突破も無理です。こうした設定の上で、何か新たな試みをするのでないかぎり、特殊設定は採用しない方が無難です。

3.安易な使い回しをしていないか
 ある新人賞に落ちた作品を他の賞に再応募することは、はっきり言ってお薦めしません。たとえ改稿したものであったとしてもです。予選委員は、自分の好みを優先して当落を決めるわけではありません。落ちるには落ちるだけの理由があります。それだけの労力をかけるのであれば、全くの新作で勝負してください。
ちなみに今回、他の新人賞の一次通過作と二次通過作を合わせて3作読みました。いずれもペンネームやタイトルは変えていますが、肝心の作品そのものの瑕疵は、まったく改善されていませんでした。

 さて、次に、一次通過には至りませんでしたが光るところがあった作品についてコメントします。
 藤野まり子『湘南裏口入学指南塾! 誘拐事件』は、設定の新規さという点では応募作中でも上位に来るものでした。宝くじの当選金で娘の裏口入学を斡旋して欲しいというトラック運転手の依頼が、プロレスの為に夫である彼と娘を捨てて家を出た伝説のレスラーの復活戦へと繋がる意外な展開は、この先どこに話が転がっていくのかとわくわくしながら読み進めました。人物造形も新人賞の一次突破水準レベルには達しています。ただし、後半、誘拐事件の真相が見えてくると綻びが目立ってきます。なぜそんな複雑で不確実な計画を立てたのか、そもそも娘に一目惚れする大学理事長の次男が、彼女の母親のファンでなければ、まったく話が成立しない点を始め、あまりにもご都合主義的な点が散見され、一次通過に至りませんでした。物語を描く基礎力はある方だと思うので、捲土重来を期待します。
 伊無田博通『瘴疫』は、第二次世界大戦の東部戦線におけるユダヤ人虐殺問題を扱った骨太な作品です。この時代と場所を舞台に、重いテーマに真っ向から挑む心意気に大いに感心しました。とってつけたように日本人を登場させたりしない点も、好感度大。当初、解放されたリトアニア人によるユダヤ人虐殺に怒りと嫌悪を感じていたドイツ国防軍の主人公が、戦況が進むにつれ、徐々に精神の均衡を崩していく様を、執拗にみっしりと描いていく様は、迫力があります。ただし、史実に縛られた上、起きたことをすべて等価値で描いていくため、小説というよりもノンフィクションを読んでいるような気分になってしまう点は大きなマイナスポイントです。重いテーマをエンターテインメントとしていかに仕上げるかという問題は、大変難しい。いっそ、純文学の方向でトライしてみるのもいいかも知れません。
 島谷浩幸『ミュータンス・ミュータント』は、猟奇連続殺人に細菌の突然変異を絡めた野心的な作品です。歯がすべてなくなり心臓発作で死ぬ若者が続出するという設定は、とても不気味で牽引力があります。その原因が、突然変異した虫歯の原因となる細菌にあるのではと推測する研究者と、連続猟奇殺人鬼によるものではという警察の捜査、そしてスイーツ開発に携わるコンビニエンスストアの社員を中心に、三人称多視点で進む物語は、あまりに視点人物が多すぎてごちゃごちゃしてしまうものの意外性も十分。ただし、ネタと作品のトーンがちぐはぐに感じました。真面目にホラー色を強めて恐怖を煽るよりは、むしろ笑いの要素を前面に出した方がしっくりとするし、途中に挿入される、虫歯予防策の講義なども、より全体とマッチしたでしょう。
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