第24回『このミス』大賞 最終選考選評

大森望

二次選考の段階から本命視されていた作品が順当にゴール。しかしイチ推しは……

 めでたく今回の大賞に輝いた『龍犬城の絶対者』は、なによりも舞台設定がすばらしい。時は民国時代初期の1920年。清朝最後の皇帝・愛新覚羅溥儀は辛亥革命によって帝位を追われ、5年後に復位を果たしたものの、わずか12日でふたたび退位。いまは弱冠14歳の廃帝として紫禁城に暮らしている。主人公は満鉄社員を父に持つ北京在住の日本人青年・一条剛(19歳ぐらい)。水墨画の腕を見込まれ、溥儀の外国人教師(帝師)として紫禁城に招かれるが、それは名目だけ。実は、城内に眠る水墨画の名作を売り払って資金を稼ぐ計画の手先として、それらの贋作を描くことが求められていた。こうして紫禁城に住み込んで働きはじめた一条が次々に遭遇する不可解な謎が連作ミステリー風に描かれる。
 さほど冴えたトリックがフィーチャーされるわけではないものの(2話目のハウダニットは笑った)、のちに満州国皇帝に担ぎ出される少年廃帝と若き日本人絵師との交流を軸にした日常描写は魅力たっぷり。激動の中国史のエアポケットのようだが、もちろん紫禁城の静かな日々は長くは続かず、主人公も時代の潮流に押し流されてゆく。この時代のこの場所をピンポイントで選んだ着眼はすばらしく、たいへんユニークな歴史ミステリーに仕上がっている。
 ……というわけで、二次選考の段階から本命視されていた『龍犬城の絶対者』が順当にゴール。もっとも、大森のイチ推しは『龍犬城』ではなく、『アナヅラ様の穴場』だった。
〝死体を穴に捨てる話〟というのは珍しくないが、まさか穴の方に着目してこんな方向に転がすとは。連続殺人鬼ホラーの新機軸というか、星新一の名作ショートショート「おーい でてこーい」のダーク版というか、若干のサプライズを交えつつ、ミステリーとホラーの中間領域を大胆に開拓する。ただし、(ある種の痛快さと表裏一体の)B級っぽさが特徴になっていることは否定できない。個人的な趣味でイチ推しにしたが、かならずしも万人向けとは言いがたい作風でもあり、最終的に大賞ではなく文庫グランプリを授賞することに賛同した。
 同じく文庫グランプリに輝いたのが『馬と亀』。主人公は、新米の女性刑事・馬場と、叩き上げの中年(悪徳)刑事・亀井。よくあるタイプの警察小説だが、タイトルロールの二人がコンビを組むのではなく、同じ小金井署に勤務しながらなかなか出会わないところがポイント。馬場が担当するわりと小さそうな事件(ゲームセンターの盗難事件とか連続車上荒らしとか)が次第に大きな意味を持つようになる展開や、対戦格闘ゲームとの関わりも面白い。対する亀井サイドのヤクザがらみの事件や転落の構図は既視感が強く、そのわりに無駄に登場人物が多くてややこしい。このあたりがうまく整理されていれば……と惜しまれるものの、文庫グランプリにはじゅうぶん推せる快作だった。
 ただし、上記受賞作3作いずれも、タイトルに関しては要再考。内容を表しているかどうかだけではなく、書店の店頭に並んだときに手にとってもらいやすい題名かどうか、よく考えて決めてほしい。
 もう一本、大森がAをつけたのは、 同じアパートの隣同士の部屋でほぼ同時に起きた変死事件を描く『ミラーリング』。片方は小学3年生の娘とその母親の、もう片方は小学4年生の息子とその父親のそれぞれ二人暮らし。母親のほうは刺殺され、父親の方は一酸化炭素中毒で死亡。事件当時、小学生の子どもはどちらもそれぞれのアパートのベランダに締め出されていた。鏡写しのような二つの事件に関係はあるのか? 捜査側の主人公が3歳の娘を持つ子育て中の刑事で、イクメンとして警察官採用サイトで顔出しインタビューされたばかりに同僚たちからは白眼視され、おまけに仕事を持つ妻との関係はぎくしゃくしている。鬱憤晴らしに思わずSNSに匿名で投稿し……みたいな身につまされる話がたいへんよく書けている。現場の物理的な鏡写し状況、心理学的なミラーリング、人物配置から事件の真相まで、二重三重四重に鏡のメタファーを重ねたプロットは秀逸で、自信をもって大賞に推したが、賛同が得られず、涙を呑んだ。
『人間は生きてる限りアイを知る』は、さまざまなアンデッドが共存する(というほど大量にいるわけではないが)並行世界の北米大陸を舞台に、不老不死の主人公が旅の先々で事件に遭遇する特殊設定ミステリー。ファンタジー度というか寓話度が高く、やろうとしていることは面白いが文章がそれに追いついていない。真相をどんどんひっくり返す多重解決も、かえってインパクトを殺いでいる印象。こういう特殊設定では、解決はなるべくシンプルに、一発で決めたほうがよかったのでは。後半はどんどん観念的な話になり、ミステリーとしては尻すぼみの感。
『名探偵・桜野美海子と天国と地獄』は、ポスト新本格ミステリど真ん中というか、笑っちゃうほど直球のソレ系パズラー。最後のどんでん返しでは往年の島田荘司ばりの大トリックが炸裂するが(無戸籍者ばかりが集まる館という謎設定はこのためにあったのか!)、読者をびっくりさせるという目的を別にすると、彼らがいったいなんのためにこんな大掛かりな犯罪を実行したのかさっぱりわからない。結論から言うと、ものすごく愛すべき失敗作。とはいえ、このまま埋もれさせるのはもったいないので、いつか華々しく世に出ることに期待したい。
『ぼくたちの告解』は、小学校時代の事件が15年後にふたたびクローズアップされるという、たいへんよくあるタイプのミステリー。実際の事件を題材にして書いた小説がミステリーの公募新人賞を受賞して単行本化され、登場人物のひとりが作家デビューを飾るという設定だが、現状のあらすじではとても受賞しそうに見えないのが難。かなりの枚数を費やして説明されるダイイングメッセージにしても、なるほどよく考えられていると感心はするものの、実際には無理がありすぎる。
『データで全てはわかりません!』はデータサイエンティストの主人公が社長を務めるコンサルティング会社が難題を解決するお仕事小説。メインの課題が鉄道系なので異色の鉄道ミステリーみたいに読めなくもないが、全体の半分以上を占めるのは『精度が可能な限り低くなるAIの予測モデルを構築せよ』という不可解な機械学習コンペのパート。予備知識のない読者にはいったい何がどう問題なのかピンと来ないので、主人公が凄い解決策を思いついてもあまり爽快感がない。この手の業界ものでは門外漢にうまく説明する技術が鍵になるかも。
 ……と、いろいろ文句を並べたものの、受賞作以外の最終候補作もすべて楽しく読むことができた。ここまでたどりついただけでも(いや、一次選考を通過しただけでも)自信を持っていい。改稿を経て1冊でも多く書籍化の道が開けることを祈りたい。

香山ニ三郎

今回は中国もの歴史ミステリーの完勝だ

 今年は八作、多いな。まず凛野冥『名探偵・桜野美海子と天国と地獄』は新進気鋭の私立探偵とその語り部が、社会の束縛から自由な「新しい家族」を営むミステリ作家・天地総一郎の依頼で脅迫者捜しに招かれる。そのそのさなか屋敷は土砂崩れに見舞われ、さらに連続殺人が。絵に描いたような古典的なクローズドサークルものだが、と見せかけて作者は前代未聞の大仕掛けを繰り出してみせる。出来たら、それを古典本格の枠組みではない新たな演出で読ませてほしかったが、本格ものに厳しく当たりがちな身としては、一つ甘口の評価で。
 ジョウシャカズヤ『ミラーリング』は警察もの。郷田署の川尻警部補は通報を受けたアパートのリビングで女性の刺殺死体を発見、ベランダから小学三年生の娘を救い出す。隣のベランダにも小学生男子が閉じ込められており、室内ではその父親が一酸化炭素中毒で死んでいた。事件の捜査はなかなか進まないが、イクメン刑事である川尻自身の経験を通じて打開されていくことに。そこで開陳されるのが表題の言葉で、アイデア賞ものといっていいが、川尻の孤立と苦悩がいかにもという感じで今一つ乗れず。子どもの虐待というシリアスなテーマを訴えた社会派の新手なだけに惜しまれる。
 相澤新『データで全てはわかりません!』はお仕事小説。田元環奈はデータサイエンティストとして奈良に事務所を開く。その最初の大仕事は「奈良鉄道」の益戸社長からで、電車と野生の鹿の衝突事故の予防だった。環奈は動画データを分析して鹿の習性を突き止め見事に解決、だが廃線を抱える奈良鉄道は報酬を払えない。そんなとき、大学時代の友人・黒須から高額なコンペを紹介されるのだが……。「予測精度が可能な限り低くなる予測モデルを構築せよ」というそのコンペのわかりにくさがネックだ。全体的に軽快な話運びは買いだが、「奈良鉄道」の造形にももう少しリアリティがほしかった。
 次は残念ながら地味なサスペンスが二作並ぶ。高森泉『ぼくたちの告解』は一五年前の小学校児童殺害事件の謎をめぐるイヤミスであるが、物語前半の給食費集金袋盗難事件における語り手の身勝手さはさすがというべきか。読み進めていくうちに叙述仕掛けであるらしいことはわかってくるものの、伝わってくるのはもっぱら小学生犯罪の嫌らしさ。いや、イヤミスだから仕様がないんだけどね。一方の波北明道『馬と亀』は警察もの。東京・小金井警察署盗犯係・馬場みどりの成長劇と同組織対策係・亀井忠之の転落劇を交錯させたドラマ。この交錯させたというところがキモで、刑事ドラマとしてはごくオーソドックスな仕上がりだ。二人のキャラ付けにもう一味、二味ほしかった。
 犬丸幸平『龍犬城の絶対者』は一転して歴史ミステリー。一九二〇年、父親が満州鉄道に勤める北京在住の日本人一条剛は水墨画技術の腕を買われ、清朝廃帝の外国帝師として雇われる。しかし実際は、紫禁城に眠る水墨画を贋作にすり替え、真作を秘密裏に売却して資金調達をするのが目的であった。かくして一条と皇帝・溥儀や宦官たちとの交流が始まり、やがて四つの事件に遭遇することになるのだが……。このとき溥儀、弱冠一四歳。まだまだわんぱくな盛りである。過酷な運命を強いられた少年皇帝と異郷で孤立しがちな若き日本人画家の絆が育まれていくありさまが素晴らしい。四つのエピソードはミステリーとしては特に目新しさはないけれども、いかにも中国ものらしさは出ていよう。取材も行き届いているようだし、今回はこれが本命か。
 四島祐之介『アナヅラ様の穴場』は異色作。私立探偵の穂香のもとに未散の行方を捜してほしいという依頼が。アナヅラ様にさらわれたのかもという。アナヅラ様とは、最近にわかにささやかれ始めたローカル都市伝説で、顔面にぽっかりと穴が空いているバケモノ「アナヅラ様」が好みの女性をその穴に吸い込んで跡形もなく消し去ってしまうというもの。その正体は生身の人間で、長野県山渕村在住の杉田という男。彼の実家の裏山に巨大な底なしの穴があり、彼は女性を誘拐して弄んだ後、所持品もろともその穴に捨てていた。未散もアナヅラ様にさらわれ、監禁されていたのだが、杉田は穂香が自分を追っているのを知って焦っていた。と書いてくると、ストレートな追及劇のようだけれども、実は穴という巨大な利権の争奪劇を呈していくのである。リーダブルでヒロイン穂香のぶっ壊れキャラもよし。文庫グランプリの候補である。
 最後の悠木充『人間は生きてる限りアイを知る』はいわゆる特殊設定ものの極みだが、筆者には話に付いていくのが精一杯、欧米の歴史劇の悪夢のミステリー改変版とでもいうほかない連作集だ。評価するのがつらかった。
 かくして今回は『龍犬城』の完勝と読んだのだが、それにしても最終候補作、ちょっと多過ぎやしないか。

瀧井朝世

性暴力描写が物語の彩りや刺激になると考えているならば再考を

 最終候補作の八作、どれも面白く拝読しました。
 犬丸幸平さん『龍犬城の絶対者』は一九二〇年代の紫禁城が舞台の歴史ミステリ。主人公はそこに通うことになった日本人青年で、当時の紫禁城を知らない読者とほぼ同じ目線のため、物語世界に入りやすい。連作形式で謎もバリエーションに富んでおり、かつ、この舞台ならではの謎となっている。また、時代背景をきちんと盛り込んでいるところも高評価。馴染みのない語句が多いのでルビなど読みやすさに工夫がほしい、という希望があるくらいで、大きな瑕疵もなく、大賞受賞に納得です。
 波北明道さん『馬と亀』は警察小説。女性若手刑事の馬場と男性中年刑事の亀井のパートが、二人が接点のないまま進行していく。馬場のパートが楽しかった。登場人物も、同時進行していく複数の出来事もすべて引き込まれるし、性被害にあった女性たちの尊厳を守ろうとする刑事たちの姿には感動すらした。一方、亀井のパートは、裏社会に関わる登場人物があまりに多く、人物関係やそれぞれの行動の理由が分かりにくかった。また、女性たちが妙に男性目線の価値観で容姿に関する発言をしたり、不要なくらい男に媚びている場面があるのが気になりました。いずれも修正可能な範囲なので、文庫グランプリに異議なしです。
 四島祐之介さん『アナヅラ様の穴場』は寓話的なホラー寄りの話として読みました。探偵役の女性は(少々ギャグが寒いものの)魅力的だし、意外な展開が待っていて高評価。ただ、すべての事件の背景(加害行為の動機)が共通していることと、終盤の不快な回想シーンがやや長いことに正直引いてしまい、大賞には推せませんでした。でも修正可能な範囲だし、他の部分では確かな筆力を感じました。文庫グランプリおめでとうございます。
 凛野冥さん『名探偵・桜野美海子と天国と地獄』は、大掛かりな設定のクローズドサークルもの。まさかのトリックで驚きましたが、と同時に「こんな面倒くさいことをやる必要あった?」と肩透かし感が半端なかった。ここまでのことをやるにはそれなりの動機があってほしかったです。二段階の「読者への挑戦」もありますが、動機も含めて謎解きに挑戦した読者はがっかりするのでは。とはいえ、この発想力は貴重なので、大胆さを失わずに突き進んでほしいです。
 ジョウシャカズヤさん『ミラーリング』は主人公の男性刑事の、職場でイクメンとからかわれることの不快感や、妻のなにげない言動への苛立ちがリアルで、そこがめちゃくちゃ面白かったです。でも事件については、強引すぎ&都合よすぎる箇所が多い気がしました。ひとつひとつが、「これだったら違うやりかたあるんじゃない?」という印象。結果、ミステリというよりも、幼い子供を持つ若い父親の成長物語としてたいへん楽しく読んでしまいました……。
 相澤新さん『データで全てはわかりません!』はミステリとしてではなく、お仕事小説として楽しく読みました。奇妙な条件が課されたコンペという謎に対し、主人公たちがその裏側を探るというより、そのコンペで勝つために奮闘していく様子が話の主軸なので。コンペの内容は専門的でさっぱり分からないけれど、勝つための何が必要でそのために何をするかは分かりやすく、その部分に関しては筆力を感じさせました。ただ、優秀なデータサイエンティストが主人公であるならば、彼女の人並みならぬデータ愛がこちらに伝わってくるようなキャラクター造形がほしかった。今のままでは、ただ気が強いだけの人という印象です。それと、真犯人はすぐに分かりました。犯人、物語の中で浮いてます。
 高森泉さん『ぼくたちの告解』、構成は面白かったです。前半、細かいところに違和感がありまくったのですが、後半で「ああそういうことだったのか」と。とはいえ、さすがに無理があると感じる箇所が多く、どんでん返しも唐突で都合よすぎる気がしました。ただし、読者を楽しませようとする気配りは感じるし、書いていける方だと思います。
 悠木允さん『人間は生きてる限りアイを知る』は、前半はとっても面白く拝読しました。不死者のいる世界ならではの謎のつくりも上手いし、キャラクターも印象深い(骸骨たちが可愛かった)。ものの位置関係や建物内部の描写なども的確で、物語の舞台がすっと頭に浮かぶ。だからこそ、途中から失速してまったのが本当に惜しかった。後半に設定される謎は魅力とはいえず、また、思索的なことを滔々と語る終盤が長すぎます。それにしても、タイトルが作品世界とあまりにもマッチしてなくないですか。
 今回は八篇と候補作も多かったのですが、気になったのは性暴力が絡む作品が多かったこと。児童への性暴力が描かれたものも結構ありました。登場人物のトラウマの理由や犯罪(復讐)の動機として説得力があるからでしょうか。でもたとえば、作品内で描かれる複数の事件や加害行為のすべてに性暴力が絡んでいたりするのは、安易だと思う。最近は、女性読者から「性暴力描写のあるミステリは読みたくない」と言われることもよくあります。老若男女に「これ面白いですよ」と胸を張って言える作品を選びたい時、不必要に性暴力描写が多いものを推すのは躊躇います。もちろん物語上それが必要な場合もあるし、『馬と亀』のように納得できる作品もあるので絶対に駄目とは言いませんが、性暴力描写が物語の彩りや刺激になると考えている方には再考を願いたいです。