第21回『このミス』大賞 1次通過作品 さよならを言うために飛べ
暴虐の女王たるヒロインに一目惚れ
『さよならを言うために飛べ』石川枯野
一口で言ってしまうと、主人公よりも敵役のほうが百倍魅力のある小説だ。
百倍じゃないな。千倍くらいかもしれない。とにかくその人物が出てくると楽しいのである。主人公の出番よりもはるかに期待してしまう。いっそのことそっちを主人公にして書いたほうがよかったのではないか、という考えも頭をよぎったが、すぐに打ち消した。違うな。作者の意図と無関係に生を受けて自由に暴れ回っているキャラクターだからこんなに魅力的なのだ。作者が思い通りに動かそうとしたら、きっと輝きも失せる。
そのキャラクターは茉莉という女性だ。産みの親をはじめ男にはないがしろにされる人生を送ってきた。あるパーティに参加したのはいいのだが、周囲の人々にうまく混ざることができずに居心地悪くしていた。参加者の中に風俗店で働いていたときに知っていた島田という男がいた。島田は彼女に暴言を吐く。頭に血が上った茉莉は、消火器でこの男を撲殺してしまうのだ。話は始まったばかり。このあとも茉莉は別の人間を殺すが、捕まらない。粗暴犯に近いから、却って捜査の網にかからないのかもしれない。この茉莉側の視点が物語のB面に当たる話である。
そう、B面なのだ。A面は元警察官で現在は警備会社で働く志信という男の物語である。彼の元妻の兄・由之は刑事で、今でも志信を気にかけてくれている。前述のパーティ会場で起きた殺人事件が二人を再会させるのだ。志信はさまざまな欠点がある人物で、負い目に感じることが多いという性格が彼を事件のほうに吸い寄せることになる。前述の茉莉も彼に近づいてくる。何か剣呑なことを仕掛けるために。
心おきなく悪として振る舞う女と倫理観はまっとうだが弱い男。圧倒的に前者が魅力的だが後者の物語である。そのバランスの悪さが犯罪小説としての魅力にもなっている。暴虐の女王万歳。
(杉江松恋)