第21回『このミス』大賞 1次通過作品 時間分裂のミトコンドリア

タイムリープものの新趣向
その着想には脱帽するしかない

『時間分裂のミトコンドリア』谷外すみん

 小説としては、私の好みではない。
 主人公の〈僕〉は視点を与えるためだけにいるようなキャラクターで、彼と時間を共有して物語の中を旅しようという気にはならない。不破有という名前は後から出てくる、選択肢が二つある謎にかけたものだろう。WHO ARE YOU? だ。しかし私には〈僕〉に対する問いかけにも見える。この存在感のない主人公は何者なのかと。結構な数のキャラクターが出てくるがどれも同じで、興味を覚えるような登場人物はいない。
 だが構造はおもしろい。根底にあるのはごく単純な思いつきだろう。普通は、思いついてもそれだけで長篇は一本書けないよな、と諦める。だが、作者は諦めずに書いてみた。単純な着想だから長篇の分量でそれを引っ張るのは大変だったはずだ。しかしきちんとした道筋を作って最後までたどり着けるものにした。構想力があるということだ。
 SF的な特殊設定が含まれる物語である。高校一年生の〈僕〉は、5年後に自分が理想の恋人と結ばれるという未来予知をする。やがて彼が出会った容姿がまったく同じ姉妹、一葉と二葉の姉妹のどちらかがその5年後に結ばれる女性なのである。長くなるので説明は割愛するが、一葉と二葉は世界が分岐した結果同一人物が二人になった存在だ。その二人のどちらを選ぶか、というのが〈僕〉にとっての最初の課題である。さらにタイムスプリットと呼ばれる時間遡行で第三のヒロインがやってきて事態は複雑する。それに〈僕〉は一応の解決をつけるのだが、さらにたいへんなことが起きる。実は本作がミステリーらしくなるのはここからで、〈僕〉が直面することになるのは壮大なHOWであり、WHYでもある謎だ。いったい何が起こっているのかと読者が混乱しきったところで構想の全貌が示される。ああ、なんという奇想か、と感嘆したことであるよ。

(杉江松恋)

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