第21回『このミス』大賞 1次通過作品 三島由紀夫対三億円犯人
三島由紀夫がノーベル文学賞を受賞した世界
授賞式の折に発生した「三億円事件」
関与を疑われた三島が取った行動とは
『三島由紀夫対三億円犯人』木村一男
我々とは異なる時間線。1968年、ノーベル文学賞を受賞したのは川端康成ではなく三島由紀夫だった。三島は授賞式のためにスウェーデンへ渡った際、ノーベル物理学賞を受賞したアルヴァレズから、多元世界の可能性を聞かされる。三島がノーベル文学賞を受賞していない世界もあるのだと。三島はこの頃から頭痛に悩まされ、また悪夢を見るようになっていた。夢の中で受賞したのは彼ではなく川端だった。
三島がスウェーデンにいる間に、東京・府中市で歴史的大犯罪事件が発生する。いわゆる「三億円事件」である。我々の時間線では三億円強奪は成功して未解決事件となっている。しかしこの世界では、犯人は現金輸送車での逃走途中に事故を起こし、逮捕されたのである。そしてその犯人は、三島由紀夫と関係のある人物だったのだ。更には、犯人には共犯者と目される少年がいた。
帰国後、三島は警察から追及を受ける。三島は自らの潔白を明かし、真相を追究するため、行動を開始する……。
かなりの異色作だが、「芋虫」と『ジョニーは戦場に行った』を融合させた『南の島に物語が降る』で第14回『このミステリーがすごい!』大賞の最終候補に残った作者だけのことはある。設定からしてもっとSFな話になるのかと思ったらそうはならなかったものの、十分に面白かった。
しかしところどころに説明過多のところがあり、そこはばっさりと書き直したほうが得策だろう。
ところで、本作は8年前に江戸川乱歩賞の一次選考を通過した作品を全面改稿したものとのこと。今回受賞しなかった場合は、本作は一旦保存しておいて、新しい作品にチャレンジして頂きたい。『このミステリーがすごい!』大賞は、過去に応募した作品や他賞応募作品の改稿・再応募には鷹揚な方だと思うが(実際に大賞受賞の例あり)、それでもどんどん新作を書けるようにしておいた方がデビューした後には有利である。
(北原尚彦)