第21回『このミス』大賞 1次通過作品 物語は紫煙の彼方に
「認知症の老人」が「名探偵」たりうるのか?
孫娘の持ち込む様々な「謎」に挑む老人
日々の出来事の果てにある真相とは
『物語は紫煙の彼方に』小西マサテル
楓は、小学校教師をしている二十七歳の女性。彼女の祖父はものすごく頭の切れる人物だったが、七十一歳となった現在、認知症を患い介護を受けていた。「レビー小体型認知症」だったため、幼児退行するようなことはなかったものの、「青い虎が見える」といった「幻視」や記憶障害などの症状が現われていた。
しかし楓がある時にちょっとした謎を持ち込むと、祖父はそれに対する解答を語ってくれたのだ。かつての知能と、レビー小体型認知症特有の症状とによって。それ以降、楓は身辺で何か事件が起こると、祖父のところへ相談に行くのだった。やがて、彼女の人生に関わる重大な事件が……。
「認知症の老人が探偵役」という、一見矛盾しているような設定を成立させているところが実に魅力的だ。孫娘が事件の内容を話して聞かせて、外出できない病状の祖父がそれらの情報から真相を解き明かす……というシチュエーションは、もちろん一種の「安楽椅子探偵もの」である。
BBCドラマ『SHERLOCK/シャーロック』以降、推理の過程や事件の再現を脳内で映像化させる「精神の宮殿」が推理物において一般化したが、この作品の探偵役の場合は、その症状ゆえ実際に「何が起こったか」が「見えてしまう」のだ。
各章ごとに新たな事件を解いていくだけでなく、全体としてひとつの謎が解明されるところも構成としてよくできている。
ただ、エピソードによってはすぐにわかってしまう謎もあり、ある程度のブラッシュアップは必要だろう。
今年度の鮎川哲也賞で最終候補に残った作品を全面加筆訂正したものとのことだが、鮎川賞の発表からこちらの賞の応募締切までは間があるため、二重投稿には当たらない。一次通過レベルには十分に達しているし、二次選考へ進めることとした。
(北原尚彦)