第21回『このミス』大賞 1次通過作品 夜明けと吐き気

探偵や殺人鬼の語りを通じて
連続殺人の推移を記したダークサスペンス

『夜明けと吐き気』鹿乃縫人

 密室状態のアパートの浴室で三十二歳の男・春川慎太の変死体が発見された。犯人は春川の首を切断し、腹を裂いて内臓を奪っていた。警視庁捜査一課の「私」こと沢渡暁と同僚の折尾桐羊は捜査を続けるが、第二、第三の凶行が繰り返される。いずれも現場付近では全身に包帯を巻いた人物が目撃されていた。
 原因不明の吐き気に悩む探偵の「僕」こと鳥栖藍嗣は、公園で出逢った青年に誘われて互助団体”果弓の塔”に加わり、創設者の伊庭と名乗る女に代表者へフトの身辺調査を頼まれる。やがて連続殺人の容疑者として有坂倫也が逮捕され、伊庭に「有坂倫也の事件を調べてくれ」と命じられた鳥栖は、警察と手を組んで別の案件を追うことになる。
 殺人鬼を追う刑事、互助団体に心酔する探偵、団体設立に関わった人物などの語りを積み重ね、悪夢めいた経緯を辿る幻惑的なサスペンスである。語り手ごとに口調を替え、病んだ独白、信用できない記述、メタ視点といった演出を盛り込み、読者を迷宮に誘う手つきは特筆に値する。全てが疑わしい世界だからこそ、鳥栖にしか見えない名探偵のくだりが機能しているのも面白い。
 評価はテキストの内容でなされるべき──という前提を踏まえたうえで、著者の十六歳という年齢にも注目したい。安定した文章力とダークな言い回しのセンスは、全投稿作の中でも上位レベル。他の選者の感想が楽しみだ。

(福井健太)

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