第20回『このミス』大賞 1次通過作品 坊っちゃんのご依頼

ターゲットは金持ちの割に隙だらけの留学生。狙う金額は3万円。夕香子はそんな小さな犯罪を目指したはずだったのだが、彼氏の欲のせいでとんでもないことに……。

『坊っちゃんのご依頼』小溝ユキ

 日本語教師の金井夕香子は、リモート講義中に、生徒の一人である中国人留学生が3億円という大金を所持していることを知る。しかも彼は、200万円を失っても警察に届け出をしないような性格なのだ。だったら、そこから少しくらいいただいてもいいじゃないか……。夕香子と彼氏の心に、そんな想いが宿った。かくして二人は3万円ほど頂戴しようとするのだが、彼氏がついつい欲張ってしまい……。
 日本語教師とその彼氏、そして彼氏の仲間たち、さらには大富豪の御曹司である中国人留学生とその彼女や仲間たち、そんな面々がくっついたり抜け駆けしたり裏切ったりしながら(ときには誘拐したりもしながら)3億円という大金を奪い合うという騙し合い小説である。小金狙いの軽い出来心が大事になっていく様がなんとも心地良い。その過程の合従連衡(というほど大げさなものではなく、大半の面々の軽挙妄動によるものなのだが)も物語の色を次々に変えていって、愉しく読ませてくれる。なかでも、「金をいただく」はずだったのに、いつのまにか「金を返しに行く」という正反対のミッションに従事するようになってしまう展開が愉快だ。登場人物たちの薄っぺらさも、他のタイプの物語ならいざ知らず、この物語だけに関しては、相応しいと感じられた。
 なお、風呂敷を拡げつつけていくタイプの小説であるせいか、終盤に近付くにつれ、その風呂敷の大きさを持て余しがちになる。物語が徐々にテンポダウンしていくのだ。出来れば疾走感を維持して欲しかったところである。その他細かい点では、夕香子たち犯人側が口座番号などの手掛かりを残しすぎるとか、自分の犯行の証拠になるような代物を持って帰ってしまうとか、あるいは作中の用語にブレがあったりとか、犯行計画及び原稿にいささか杜撰なところがあったのは残念だが、読み心地のよい“軽・犯罪小説”としての出来映えを鑑みて、二次に推す。さほど迷いなく。

(村上貴史)

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