第20回『このミス』大賞 1次通過作品 ククリの小姓 信長謀記
史実に寄り添ってサプライズを産む手練れの技
『ククリの小姓 信長謀記』獅子宮敏彦
非業の死を遂げたこともあってか、織田信長の生涯は歴史ミステリーの題材として採り上げられることが多い。これもその一つだ。視点人物は柴田権六(勝家)である。後に信長に重用されることになるが、当初は織田家の対立勢力に属する家臣であった。その権六が、信長がうつけ者と呼ばれる振る舞いをしている背景には軍師の存在があるのではないかと疑い、その身辺を探っていくというのが主筋になっている。下敷きになっているのは太田牛一による一代記『信長公記』で、そこに現れる身元不明の人物たちが何者であったかを、文脈の中から推測して当てはめていくという手法がとられている。特に目を引くような仮説が呈示されているわけではないのでやや玄人好みではあるが、我田引水の無茶な記述はなく、物語運びも明快である。表舞台に名を刻むことなく消えていった人々への共感が権六を通して描かれているので、歴史小説の読み手には愛されそうな作品だ。
派手な仮説はないと書いたが、史実を知っていると展開がいちいちおもしろく、なるほどその人物の行動をそうやって解釈したか、と感心する箇所も多かった。全体として織り上げられた図柄は作者独自のものであり、歴史を独自のやり方で解釈する楽しみは十分に味わわせてもらった。過去の本賞にはなかったタイプの作品だが、刊行されれば新しい層の読者を獲得することになるのではないかと期待もしている。
作者はすでに長いキャリアを持つ書き手であり、歴史ミステリーを主戦場として複数の著書を刊行している。プロの応募については評価を特に厳しくすべきという意見もあるが、二重基準となりかねず慎重な判断を要する。本作に関して言えば、純粋に高水準であったゆえの一次通過であったことをお断りしておきたい。相対的な評価となるが、文章力も私の読んだ応募原稿の中では群を抜いていた。志の高い応募原稿である。
(杉江松恋)