第20回『このミス』大賞 1次通過作品 ぬるま湯にラジオ
大企業の創始者の伝記執筆を依頼された作家
故人のことを調べれば調べるほど怪しいことばかり
地元で噂される「深山家の呪い」の真相とは
『ぬるま湯にラジオ』秋野三明
作家の烏丸直樹は、大企業の創始者で6年前に死んだ深山波平の伝記を書いて欲しいと依頼される。伝記小説で評価を得ていた烏丸だが、本当に書きたいのはミステリーやスリラーだった。だが今回の依頼書には、金銭以外の報酬として「貴方の浸かっているぬるま湯に、ラジオを放り込むような刺激を約束します」とあったので、引き受けることにしたのだ。
長野県蝶野市にある深山家の屋敷に滞在し、烏丸は材料集めを行なう。波平の死因は心筋梗塞だったが、妻シルビアは13年前に自殺、次女の紅もその直後に死んだという。長女の瑠璃は数年前から植物状態……と、なかなか悲惨。その不幸っぷりは地元で「深山家の呪い」と噂されるほどだった。
烏丸は図書館で元教え子に再会し、彼女の助けを得て調査を進める。やがて意外な事実が判明。不幸はまだ終わっていなかったのだ。烏丸を襲う「刺激」とは……。
シチュエーションはおどろおどろしいが、語り口は軽快。さくさくと読める。この「読みやすさ」は、強い武器だろう。作家・編集・元教え子・取材対象・館の使用人といった人間関係も悪くない。
ただし、問題点も幾つかある。まずは人称の問題。基本的には三人称だが、ところどころ主人公の作家・烏丸直樹の視点から、ほとんど一人称のように書かれている部分がある。もちろんそういう書き方もアリだが、ここではやり過ぎでマイナスポイント。これはもう主人公の一人称に書き改めて、彼がいない部分は三人称を取り混ぜる、という書き方のほうがいいだろう(一人称で書いたら、すべて一人称にしなければいけない、というものではないので)。
また、日本語の使い方がおかしいところが、ところどころにある。思い込みで、誤用しているようだ。それらについては、すべて訂正が必要だ。もっと辞書を引いて書く習慣をつけて欲しい。
……以上のような長所と短所を総合的に踏まえると合格・不合格ギリギリのラインだが、全体に勢いがある。その勢いを買って、一次選考とした。
(北原尚彦)