第18回『このミス』大賞1次通過作品 闇だまり

かつて自分を虐待していた父親が、親友のストーカーとして再び礼奈の前に姿を現した。
町を仕切る暴力団の一員として……。
筆力と構成力が抜群の一作。

『闇だまり』雨地草太郎

 ある地方都市の町工場で働く今井礼奈。彼女は、幼い頃から父親に虐待されていた。同様に暴力に晒されていた母親は、礼奈が中学二年生のときに、自ら死を選択した。そしてそれ以降、父親は行方をくらましていた。
 礼奈は現在、親友の鎌原莉衣と暮らしている。町の温泉街のスナックに勤める彼女はある日、ストーカーされているかもしれないと礼奈に打ち明けた。ボディーガード役として莉衣に同行した礼奈は、ストーカーの男と対面する。その男は、温泉街を仕切る浦戸組という暴力団の一員となっていた礼奈の父親であった……。
 まずもって小説としてよく書けている。キャラクターの一人ひとりの描き分けも確かだし、行動もそれぞれに自然だ。個性もある。そしてそんな人物たちを動かして紡ぎ上げる物語の展開も心地よい。淀むことなく、キビキビと進んでいくのだ。これはもう作品に引き込まれずにはいられない。
 読者のなかにはDVや暴力団というステレオタイプな道具立てを敬遠する方もいるかもしれない。地方都市の温泉街のスナックという舞台に全く魅力を感じないという方もおられよう。確かにそれらは弱味ではある。しかしながら、それでもなお読ませてしまうのは、著者の力量の現れでもある。そこを高く評価したい。
 しかもだ。そのステレオタイプの道具立てのなかに、いくつものサプライズを著者は仕込んでいるのである。それこそ冒頭から伏線を張ったうえでだ。つまりは本格ミステリの魅力が、本書には骨格として備わっているのである。そこに、たっぷりの肉付け――礼奈に迫る脅威、つまりは父親や暴力団、あるいは殺人――がなされている。その肉付け部分が、実にスリリングで、骨格の存在を明かさないまま、読み手を終盤まで連れて行ってくれる。だからこそ、意外性がひときわ輝く。なかなかに達者だ。
 なお、罪に対して何が正当な罰になるかという観点では、本書で著者が提示した姿に異論もあろう。とはいえ、この一つの小説のなかでは、罪と罰のバランスはきちんと維持されていると読める。欠点とはいえないだろう。
 圧倒的な筆力と構成力を備えた一作であり、二次選考に強く推したい。

(村上貴史)

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