第18回『このミス』大賞1次通過作品 故漂 鳥取藩元禄竹島一件
江戸元禄時代、日本語を操る朝鮮の男リュウ。
なぜ彼は二度も海を越え、鳥取藩に現れたのか?
『故漂 鳥取藩元禄竹島一件』あだちえつろう
元禄五年、鳥取藩伯耆国米子の豪商・村川家の船が鮑漁の目的で鬱陵島(当時の竹島)に到着する。
そこで朝鮮半島の漁師たちと遭遇。船頭の黒兵衛は、ここは自分たちの漁場だと主張すると、ひとりの凛とした姿勢の男が流暢な日本語で話し掛けてきて驚く。
結局、この年は鮑漁ができずに終わってしまったが、翌年、黒兵衛が島に向かうと、やはり朝鮮の漁師たちとあの日本語を操る男がいた。二年続けて不漁というわけにもいかない黒兵衛は、ひとりの漁師とあの男リュウを証言者として連れ帰る。いわゆる「竹島一件」と称される出来事である。リュウは調べを受けたのち、釜山に帰国するが、その三年後、彼はふたたび鳥取藩に現れる……。
竹島問題の起点となる史実をもとにした歴史ミステリーというていではあるが、それよりも虚実を交えてひとりの好漢の人生を立ち上がらせる小説として読ませる作品だ。
新人賞の応募原稿には、視点が定まらず、浮ついた文章のものも少なくないが、歴史に精通していることが窺える視座と重心を落とした文章にたちまち目を奪われた。
作中で常に説明は詳らかに進められるが決して論文調ではなく、リュウを預かる大谷家の者との交流や船頭の息子との再会、リュウが年齢を重ね仏師へと変化していく過程など、小説としての読みどころも損なわれていない。惜しむらくは、謎はあるものの仕掛けや衝撃的な真相が用意されているわけではないので、ミステリーとして強く推すにはどうしてもためらいが生じてしまう点だ。迷ったが、題材のチョイスと筆力を評価して二次に推す。
(宇田川拓也)