第18回『このミス』大賞 次回作に期待 川出正樹
『刑務特区~容疑者はただ一人』浮世夏生
『不風白荘ノおんりょう』小林宗矢
一次選考を通過できる作品と出来ない作品とを分ける要素は多々あります。例えば、日本語としてきちんと意味が通りストレス無く読めるか。既存作品で味わったことのない新鮮味が感じられるか。偶然とご都合主義を多用して物語を展開していないか。
こうしたジャンルにかかわらず人に読ませる小説を書く上で最低限必要とされるポイントとは別に、ここ数年特に気になっているのが世界を構築する力の有無です。特に近未来や異世界、パラレルワールドを舞台にした現実世界とは異なるルールや技術が存在することを前提とした作品で詰めの甘さが目立ちます。
架空のテクノロジーや能力は、必ず社会の仕組みや人々の言動・倫理観に影響を与えます。ただ単に今の時代に特殊要因をポンと置いただけで後は何も変わりの無い世界では、物語としての説得力を持ち得ないのです。特殊な技術や能力を得た主人公が、どのように考え行動するかは勿論、そうではない大多数の人々が主人公に対してどう感じ、いかに接するのかといった点を念頭に置くと、それだけで説得力が一段あがります。
さて、次に、一次通過には至りませんでしたが光るところがあった作品についてコメントします。
浮世夏生『刑務特区~容疑者はただ一人』は、第10回『このミス』大賞の1次選考を通過した『刑務特別区』を全面改稿した作品です。特に性犯罪の再犯率の高さに対する対策として「刑期を段階的に延長する代わりに、刑務所での刑期は短くし、残りは一定の自由を保障された特区で過ごす」警務特別区で発生した脱走と殺人事件を描く謎解きミステリです。登場人物のエピソードに軽重を付けることで、前回指摘された中弛みと冗長さは改善されています。特殊な世界もかなり作り込まれてはいます。ただし、強姦致傷罪で終身刑となった受刑者と特別な訓練を受けたわけでもない一般市民、特に女性が閉鎖空間で過ごすという設定には、いかに監視網が徹底しているという設定であっても充分な説得力が感じられませんでした。さらに大きな瑕疵は、警務特別区を成立させた真の動機、即ち殺人の動機が労力に比して釣り合っていると感じられない点です。また、作中に挿入される〈私〉の語りが物語の勢いを削いでいる上に、〈私〉の正体が単に読者を驚かす為のもので本筋に寄与していない点も大きなマイナス・ポイントです。作者はこの設定に愛着があるのでしょうが、文章を書き、物語を構築する力のある方なので次回は完全な新作で望まれることを期待します。
小林宗矢『不風白荘ノおんりょう』は、若い女性を狙った連続惨殺事件と瀕死の重傷を負って目覚めた後に記憶を失った男の物語です。「DNA」と言い残して墜落死した女性は、何に怯えていたのか。記憶喪失者を助ける謎の集団と彼らを狙う者との関係は。男の過去には何が隠されているのか。次々と事件を起こし、スピーディーな展開で読ませる力は一次通過作と比べて遜色ありません。ただし、これらの謎の中心にあるものの正体自体は新鮮味が乏しく、真相解明もラストで実はこれこれでしたと次々に明かされるので、肯くだけでカタルシスが得られない点が大きなマイナス・ポイントです。捲土重来を期待します。
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