第15回『このミス』大賞1次通過作品 森岡伸介

日本に潜伏している北朝鮮の工作員が
大規模破壊工作を画策している――
果たして、独断専行の外事課捜査官はテロを防げるか

『クルス機関』森岡伸介

 日本に北朝鮮の工作員が潜入し破壊工作を企てる。それを防ぐために単独行をとる外事課捜査官との闘いを描くという物語で、両者がなかなか接触しないというのは、フレデリック・フォーサイス『ジャッカルの日』以来しばしば用いられる展開だ。
 正直に言ってしまえば完成度は低い作品だと思う。題名は主人公の警部補が独断専行の捜査方針をとる人物であることから〈クルス機関〉の異名を奉られている、という設定から採られているのだが、この来栖惟臣なる登場人物の存在感が薄く、悪役である工作員の李宗秀の方が圧倒している。来栖がいかなる行動原理を持っているのか、どのような半生を経てそのような境地にたどり着いたのか、小説内で描かれていないときは何をして暮らしているのか。警察官という公人の仮面を外したとき、私人の顔はそこにあるのか。そうした「書かれないこと」の存在がまったく感じられないことが最大の疑問点だった。もちろん、内面描写を徹底的に排したり、ルポルタージュに議したりするような技法はある(これはそうした作品ではない)。キャラクターを掘り下げることだけが金科玉条の決まりではないが、このタイプの小説でそれがないのは弱点と取られても仕方ないと私は考える。
 来栖に限らずキャラクターはすべて薄味なのだが、逆に考えれば、そうして人間味を喪失した者たちが蠢く物語となったことで、彼らの行為の非情さは強調された面がある。作者が盛り込もうとした情報量は多く、日本の現状を戯画化しようとしたとも読むことができる。その志は高く評価すべきだろう。また、複雑な図柄を破綻することなく織り上げ、ラストの一場面にすべてを集約させる形で幕を下ろしてみせた手腕も頼もしく感じる。キャラクターを甘やかさず、厳しい運命を背負わせる、というスリラーの基本もできている。硬派な書き手としてさらに自分の長所を伸ばしていってもらいたい。

(杉江松恋)

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