第15回『このミス』大賞1次通過作品 暗号遺言

身分を偽った詐欺師が金庫の暗号に挑む
軽妙かつシニカルなクライムノヴェル

『暗号遺言』遊民凡吾

 天才贋作師の「俺」こと藍崎賢人は、老舗楽器店のオーナー・倉沢幸雄に偽物のストラディバリウスを五千万円で売り、夜逃げ同然にマンションを転居した。三か月後、倉沢の部下に新居を襲われた賢人は、逃走中にホームレスの桜小路音王に助けられる。意気投合した二人が身分を交換すると、ほどなく音王の父である音楽家・響一郎が病死。さらに(音王が住む)賢人のアパートで男の焼死体が発見され、賢人は響一郎の遺産を奪う計画を立てる。音王として桜小路家に潜入した賢人は、故人の「暗証番号を解読して金庫を開けた者だけに、全財産を遺贈する」という遺言を知り、解読のヒントを探っていく。
 相続人を装って遺産を狙う詐欺師が、音楽家の遺した暗号に挑むライトミステリーである。音楽絡みのアイデアは登場するが、高踏的な要素は一切ない。弁護士の食わせ者ぶり、遺産をめぐる姉妹の争い(口喧嘩レベル)なども含めて、物語は緩いムードの中で進行する。この”ぬるさ”こそが本作の持ち味に違いない。
 率直に言ってしまえば、表現力には不満が残る。人物造型と会話の安易さは否めず、展開はいかにも人工的だ。しかし遊戯色の強いシチュエーションを設定し、大胆なひねりの連続を経て、皮肉なオチに誘導するプロットの娯楽性は称揚したい。コミック感覚で楽しめる”軽い読み物”としては及第点だろう。

(福井健太)

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