第15回『このミス』大賞 次回作に期待 北原尚彦
『光源氏は郭公の巣に眠る』木村一男
今回の応募作には舞台となる土地をはっきりとさせず「A県」「B市」などとしているものが幾つかありました。実際の地名を出すと現実との齟齬を指摘されるかも、と考えたのかもしれませんが、地の文にも会話にも頻発するわけで、そうすると読者は「ああこれは作り物なのだ」とその度に引き戻されてしまいます。実際の地理をしっかり調べるのも、架空の地理を設定するのも手間がかかりますが、小説を書くのは手間がかかるものです。ここをしっかりやっておくと「それらしさ」が一気に増します。最近ではグーグルマップのストリートビューなどという便利なものもあります。利用できるものはなんでも利用して、執筆に役立ててください。
さて、今回の「次回作に期待」作品は『光源氏は郭公の巣に眠る』(木村一男)です。前回(第十四回)の『このミステリーがすごい!』大賞において、『南の島に物語が降る』にて最終候補に残った方です。ということで大いに期待して読んだのですが。……結果から申し上げると、残念ながら期待はずれでした。今回は最終選考に残るどころか、一次選考通過も無理なレベルでした。
京都の精神病院「紫の森病院」は以前、『源氏物語』を崇拝する「精霊神道」という宗教団体と関係を持っていた。同院の精神科医・真行寺は、公安刑事から精霊神道がテロらしきことを計画していることを知らされるが、それと同時に教祖の泉から連絡を受ける。真行寺は泉を思いとどまらせようと、後を追う。
一方、紫の森病院に源光一というアル中患者が入院するが、彼は精霊神道の元信者だった。病院の女性たちは、彼に気を惹かれる。
病院内と、病院外の出来事が並行して語られる。果たして全ての出来事の目的とは……。
冒頭、紫式部、与謝野晶子、川端康成に関する擬古文が並べられている。雰囲気を出したかったのかもしれないが、これは逆効果。書店で立ち読みしているお客さんは、ここで本を棚に戻してしまうでしょう。しかも、源氏以外の要素が出てくるのは半分を過ぎてからですから、ここに置く必要はありません。更には、作中作として登場人物の書いた小説が出てきますが、これもあまり効果的とは思えませんでした。
また途中、『源氏物語』や川端康成に関することやそれ以外にも様々な説明がなされますが、調べたことを片っ端から詰め込んでいる感じ。読んでいる側は疲れてしまいます。
前作『南の島に物語が降る』では、江戸川乱歩「芋虫」とドルトン・トランボ『ジョニーは戦場へ行った』を合成した物語を作中作とし、フィリピン・ルソン島での攻防戦を扱った物語だったといいます。わたしの担当ではなかったので読んでいませんが、どちらかというとこちらを読みたかったです。
今回、精神病院を取り扱うのであれば、いっそ夢野久作をモチーフにする手があったと思います。それだと(わたしを含め)探偵小説ファンは大いなる興味を持って読んだでしょう。もちろん、それだと本筋が違うものになると思いますが。
ミステリーとは関係のない文学を主題として用いるのならば、尚更メインのストーリーの骨格をしっかり構築し、そこに組み込むようにしなければなりません。さもないと、読者は飽きてしまって読み続けてくれないでしょう。
前回も、作中作以外の部分が弱いと指摘があったようですので、まずそちらをきちんと組み立てることが必要です。また、毎回、作中作を入れる構成ばかりというところも変えてみるとよいかもしれません。一度、作中作なしの、シンプルな構造でのミステリーを書いてみてはいかがでしょう。様々なパターンの小説を書けなければ、デビューしたとしても後が続きません。
タイプミス・誤植の多さも気になりました。特に、名前を間違っているのは興ざめです。発送前に読み返して、直してから送って下さい。
前回に比して残念な結果でしたが、次回作にこそ期待、ということで取り上げさせて頂きました。
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