第14回『このミス』大賞 2次選考結果 茶木則雄氏コメント

いかなる着想も、脳に死ぬほど汗をかかなければ、小説の果実は結実しない

 以前にも書いたが、「このミス」大賞は、間口は狭いが出口は広い。一次通過作品は全体の五パーセント前後だが、大賞、優秀賞、隠し玉を含めると、コンスタントに毎年四、五冊、本になっている。一次通過者の約五人に一人が、作家としてデビューしている勘定だ。
 実際、今回も、本にできると思った作品は四、五作あった。残念なのは、死んでも絶対落とさないという覚悟でAに+をつけて臨む作品が、一本もなかったことだ。そういう意味では不作の年と言えよう。おそらく二次は、悩ましい選考になる、と当初から考えていた。
 案の定、評価は分散し、昨年よりも一次通過作品が減っているにもかかわらず(昨年二十三本で今年十九本のマイナス四本)、最終に残した候補作は一本増えた。
 A評価がついたのは全部で十作。うち四作は、二人ないし全員のA評価を受け、比較的すんなり決まった。残り六作をどうするか――焦点をそこに絞り、議論を尽くした結果、六作のなかから三作を掬い、先の四作と併せて七作を、最終に推すこととした。
 最終候補は四本でいいじゃないか、という声がまったく出なかったのは、「このミス」大賞ならでは、だろう。原石の才能の欠片を、少しでも掬い出す――それこそが本賞創設の意義である。全員納得の、これしかない、という結論を出せたと自負している。
 このサイトをご覧の方はお分かりのように、一人でもA評価があればその作品は、徹底した議論の対象になる。しかし二次を突破できるのは、この部分を直せばぐっと良くなるという改稿が、見込まれる作品だけだ。細部に手を入れたところで大幅な改良の余地が認められない作品は、残念ながら涙を呑むしかない。
 たとえば『渇いた闇』である。筆力はプロの水準にあり、細部も手堅い作りで、人物もそれなりに描けている。地道な捜査を追う警察描写も遺漏なく、ひと昔前の乱歩賞受賞作だと言われても、違和感ないレベルにあった。問題は、直して格段に良くなる要素が見当たらないことだ。テーマにせよ結構にせよ、まずもって新鮮味がない。もしこれが受賞後第一作なら、プロットの段階で編集者に撥ねられてしまうだろう。酷な言い方をするようだが、このままではデビューできたとしても早晩、行き詰る可能性が高い。まず考えるべきは、題材の検討(時流を踏まえたグランド・プラン)とテーマの設定(自身の強靭な観念、ドラマの核となるもの)だ。帯の惹句を想定した五十字程度のキャッチ・コピーを作ってみたらどうだろう。知り合いに見せ、本気で読んでみたいと言えば――あるいは自分自身が、これなら行けると思えば(受賞できるかどうかではなく、あくまで書店の店頭で読者に手にとってもらえるかどうか)――本格的に作品の構想を練る。ぜひ試してみていただきたい。
 一定のレベルに達しているものの、同様に直し甲斐がなかったのが、『偽りの報酬』である。リーダビリティの核になるべき事象がぼやけていて物語にのめり込めない。筋が転がらず、緊迫感に欠けるのだ。さらには、中盤明らかになる事象そのものがありきたりで、既読感が半端ない。人物造形やディテールに厚みを加えたところで、広く読者に受け容れられるとは思えなかった。
 一方で、直し甲斐ではなく、直しようが、なかった作品もある。典型的なのは『仮性の狂気』だろう。導入部から中盤までは、先の展開が気になってページを繰る手が止まらなかった。物語の終息が文句なければ、大賞に推そう、とまで思っていた。が、着地点が酷すぎる。最初からこれだけはない、と考えていた夢オチ同然の禁じ手――ネタが明らかになった途端、徒労感に襲われた。謎の根源がこれでは、手の施しようがない。
 近未来の狂気を描いた『I・D』は、別の意味で手の施しようがなかった。ところどころ光る描写はあるものの、作品の世界観が中途半端で、読み手に伝わってこないのだ。どこに手を入れていいのかすら、私には分からなかった。
 直しどころは明白だが、直したところで「このミス」大賞向きではない、と思われたのが『飼育瓶』(これを応募するならホラー大賞でしょ)。いかなる奇想奇天烈な世界であろうとかまわないが、人間心理と行動原理には、それなりの説得力が必要だろう。ことに導入部――自分ならこんなハガキ一枚で、あんなところまでのこのこ出かけていくか、と作者自身に問いたい。まずはそこからだ。
『女詐欺師』『僕の人生は君が未来へ』は、読ませるレベルにあるものの、物語がストレートで、全般的に底が浅いと感じた。両者ともに、オチは予測でき、かつ期待はずれだ。かたや、丁寧な筆致に好感が持てる『十四番目の月が上る』は、結末が強引過ぎる。前二作とは逆に、オチは予測できないが、期待も満たされない作品。心地よい読後感をもたらすオチとは、予測と期待どおりに終わるか、予測に反しながらも期待は満たされて終息するか、のどちらかだ。頭に留めておいていただきたい。
 連作集『ネットカフェ・チルドレン』は、全体の結構に見るべきものがある。が、一話一話がミステリー的に小粒なのと、伏線が露骨なため、オチに本来の意外性が感じられなかった。タイトルにもなっている題材はいいだけに、惜しまれる。
 惜しまれると言えば『ロンリー・プラネット』『準備日の五階』だ。前者は語り口もよく、設定も面白い。一言で言ってしまえば、先が見えない中年独身世代の願望充足小説だが、如何せん、ミステリー的妙味に乏しすぎる。また後者も、読み心地に捨て難いものがあった。いささか冗長な感がなくもないが、左翼思想に凝り固まった過激派グループと大学祭準備委員たちの闘いには、常道とはいえ胸のすく思いがした。しかしこれも、ミステリー的な小粒感は否めない。二作とも、まさに最終選考、いま一歩、という感じだ。捲土重来を期待したい。
 個人的に最も惜しまれたのは、『麦穂の檻』だ。いや出だしから中盤までは、面白いの何の。今年の大賞はこれで決まった、と思った。会社勤めをしながら猫を被って爪を研いでいる、という意味では大藪春彦『蘇る金狼』を彷彿させる。独身OLお局様の“小悪党”犯罪小説として、ミステリー史に残る傑作になるのではないか、とまで期待した。ところが中盤、東大卒のエリート・サラリーマンに視点が移ってからは、どうもいただけない。底が浅いヤクザ関連の描写と相俟って、物語の魅力が一気に半減する。それでも企業小説として見るべきものはあると思ったが、他の選考委員の賛同は得られなかった。いやはや惜しい。お局OLの視点だけで物語が進めば、死んでも最終に推したものを……。
 最後に、最終選評でどれだけ筆を費やせるか分からないので、二次突破作『ヘリオス・フォーリング』に触れておきたい。この応募者は他の新人賞でも予選通過者として名前を見かけるし、一昨年の「このミス」大賞においても最終に名を残している。今回も、読み巧者である千街委員と村上委員がA評価をつけるのだから、何かしらの魅力があるのは間違いない(私には理解できないけれども)。
 しかし、前作もそうだったが、この作者の説得力のなさは尋常ではない。リアリティ云々、以前の問題である。そもそも、アメリカの民間軍事会社が巨大飛行船を建造する意味が分からない。作中にあるように「空中から地上を監視する」目的ならば、ドローンか軍事衛星で充分だろう。五年の歳月と数千億の金をかけ、飛行船にこだわる意味がわからない。さらに分からないのは、それほどの巨大プロジェクトであるにもかかわらず、英語もろくにできない日本人――牛丼屋に勤めていたプータローが、なぜクルーに選ばれるのか。しかも、乗員二百名の一割が実は武装したゲリラって、この民間軍事会社、どんだけセキュリティ甘いんや、と苦笑せざるを得ない。他にも突っ込みどころ満載で、ご都合主義の権化のような小説であった。
 作者は作中で、クルーの一人である日本人の作家志望者にこう言わせている。
「作家志望者の業だよ。一度思いついたアイディアや作品は、未練があってそう簡単に捨てきれない……だから駄目なのかもしれないが」
 私に言わせれば、思いついたアイディアを捨てきれないから、駄目なのではない。そのアイディアに、現実性と説得力を持たせるため、とことん腐心しないから、駄目なのだ。巨大飛行船をゲリラがハイジャックする――この着想を生かすなら、二十世紀初頭の巨大飛行船を舞台すべきだろう。当時のツェッペリン飛行船は全長二百三十五メートル、本作のヘリオス号(全長三百メートル)とさほど差はない。第一次大戦終結から第二次大戦に至る世界的政情不安を背景にすれば、ゲリラの存在にも説得力が増そうというものだ。
 いかなる着想も、脳に死ぬほど汗をかかなければ、小説の果実は結実しない――というのが持論である。作家志望者の、戒めとして欲しい。