第14回『このミス』大賞 2次選考結果 千街晶之氏コメント

高水準とは言えないが

『このミス』大賞出身作家から初の直木賞受賞者が出た年にあまり景気の悪いことは言いたくないのだが、正直なところ、今年の応募作の水準は高いとは言い難い(昨年が豊作だったせいでそう感じてしまうのかも知れないけれど)。そんな中、ミステリーとしての水準の高さなら『南の島に物語が降る』、小説としての水準の高さなら『たまらなくグッドバイ』がベストということになる。江戸川乱歩の「芋虫」とアメリカの秘密作戦を結びつけた前者の外連味たっぷりな構想、他の候補作に圧倒的なほど差をつけた後者の文章力、ともに非凡である。
『ザ・ブラック・ヴィーナス』はヒロインのキャラクター造型や思想に違和感はあったものの、エンタテインメントとして高い水準に達しているのは事実であり、最終に残すことに全く異論はない。『カササギの計略』は計略の中心人物の動機がやや弱いと感じられたけれども、最終に残すことに反対するほどの瑕ではない。『神の値段』は引っかかるところなく最後まで読めたものの、過去に発表されたさまざまな美術ミステリーを上回るほどの魅力や美点は見出せず、一次選考委員の言う「『ここでしか見たことがない』場面」がどこなのかわからなかった。
 二次選考で評価が極端に割れた二作のうち、『ヘリオス・フォーリング』は、ろくに英語もわからない主人公がアメリカの民間軍事会社の飛行船に雇われる設定(一応、最初のほうに理由の説明があるとはいえ)、その飛行船の異常に甘いセキュリティなど、突っ込みどころは十や二十では済まないほどだが、架空の王国のお姫様や、やたら万能な特殊工作員が登場するに及んで「これはリアリティを気にして読んだら負けというタイプの作品なのだ」と気づき、そう割り切って読めば実に楽しかった。ただし、村上氏と私がこの種の話にわりと寛容だから二次を通ったものの、最終選考ではもっと厳しく批判されるであろうことは覚悟しておいていただきたい。『病の終わり、もしくは続き』は、狙い自体はわかるのだが、某名作ミステリーの必然性のないネタバレ、実在人物への不用意な言及などに象徴される無神経さが文章や構成にまで及んでおり、無駄なエピソードも多い。
 この二作の作者に限らないが、出版された際に明らかに厳しい突っ込みが予想されるような問題点は、事前に直してから応募してほしい。お金を払ってあなたの作品を買ってくれる読者は、ある意味で選考委員よりも遥かに厳しく作品の弱点を指摘するものだということを理解しているのだろうか。確かに『このミス』大賞は出版までに手直しが許される賞だけれども、だからといって、そのままでは出版できないような問題点を放置して応募してくる姿勢は横着としか言いようがない。手直しに費やされる編集部の労力も馬鹿にならない、ということを考えられる程度の想像力は持っていてほしい。
 次に、惜しかった作品について。『渇いた闇』は、完成度だけで言えば本来なら最終に残るべきものだろう。手堅い仕上がりで、ミステリーとして大きな穴はないが、全体として古めかしいという他の選考委員の意見に反論してまで推したいセールスポイントもなかった。『十四番目の月が上る』は切迫感に満ちた作風で、個人的にはかなり好感を持ったが、最後のどんでん返しをもっと唐突でない印象で見せることも可能だったのではないか。唐突という点では『僕の人生は君が未来へ』は更に問題があったし、アイディアにも既視感があった。『仮性の狂気』は謎の魅力と先が読めないスリリングさでは応募作中随一。にもかかわらず、無茶苦茶な真相のせいで台無しに(もっとSF的、もしくはホラー的な世界観を最初から打ち出していればラストの印象も違っていたと思う)。『ネットカフェ・チルドレン』は連作形式で、着地の狙い自体はわかるのだが、個々のエピソードはもっと練る必要があった。『麦穂の檻』は小悪党的ヒロインの造型はとても面白かったのに、生硬な文章のせいで物語に乗れなかった。『女詐欺師』はラストがいまひとつ盛り上がりに欠けるためカタルシスを感じられなかった。一番評価に迷ったのが『ロンリー・プラネット』で、舞台設定やディテールなどがいちいち面白いのに(個人的にはティモシー・フィンドリー『嘘をつく人びと』を連想した)、ミステリーとしては評価できる部分が乏しいという困った作品。『偽りの報酬』は自衛隊ものだが、去年の優秀賞受賞作『深山の桜』と較べれば説得力の差は歴然としている。それでも自衛官が主人公のパートはわりと読ませる力があるものの、カウンセラーが主人公のパートは全く魅力が感じられず、主人公を二人にしたのは失敗だったのではないだろうか。
 それ以外の作品は更に一~二ランクくらい落ちる。『準備室の五階』は、通常の学園ミステリーらしからぬ殺伐感が個性といえば個性だが、断じて六百枚以上費やして語るような内容ではない。これを現状の三分の二程度の分量で書けないのであれば、プロデビューなど夢のまた夢であると考えていただきたい。『飼育瓶』は全候補作の中で最も異彩を放っていたけれども、登場人物の思考回路が不自然すぎてついていけなかった。現実離れした設定の話だからといって、登場人物の心理まで現実離れしていては説得力を欠く。『I・D』は唯一、二次選考委員全員がABC評価でCをつけた作品。何が書いてあるのか理解できないし、作者が何をやりたかったのかも理解できないので、どこをどう直せばよくなるかという助言もできかねる。