第14回『このミス』大賞 2次選考結果 村上貴史氏コメント

なにをもって読者を愉しませるか

 今年は七作品を最終選考に送ることにした。三人の選考委員が全員Aと評価して選ばれた作品もあれば、三者三様にばらけて膠着状態に陥り、それぞれが苦汁を飲んで決断を強いられた結果として選ばれた作品もあった。そんな二次選考会だったが、七作品のそれぞれが二次選考を通過するだけの力量を備えていたのは確かだ。
 というわけでまずは最終に残った作品のうち、自分が一次選考も担当した作品から。村上暢『ヘリオス・フォーリング』は、他の委員が具体例を列挙した様に、リアリティの観点だけで評価するならば欠陥は数多くある。だが、その“非現実感”は作中できちんとバランスがとれており、ひとたび“そういうもの”として受け入れれば、この上なく愉しめる小説だ。そんな魅力を備えた小説を読者に届けたいと思いつつ、最終選考に推す。
 もう一作、城山真一『ザ・ブラック・ヴィーナス』について、書くべきは一次選考のコメントで書いた。二次選考でも他の選考委員から同様に支持を得たことは、この作品の強さを物語っている。
 続いて他の方が一次選考を担当した作品について。
 一色さゆり『神の値段』は、美術ミステリである。まずなにより美術品(本作であればインクアート)を描写する力がある点が素晴らしい。基本ではあるが、これが出来ていない応募作が過去にいかに多かったことか。さらにこの小説は、アートを製作するための秘密でも読み手を惹きつけるし、しかもその秘密自体がアーティストの力量を示していて素晴らしい。それと同時に、本作は美術をビジネスの側面からもきちんと語っている。芸術とビジネスの両面から語りつつ、それだからこそ成り立つミステリとして完成させているのだ。また、文章力もあるし、人物造形も巧みである。殺人に関する部分はもっと磨きようがあるだろうが、全体としては相当に高いレベルでバランスがとれている。新人賞応募作には珍しいのだが、題名もよい。高く評価して最終選考に送り出したい。
 大津ミツオ『たまらなくグッドバイ』について。『神の値段』が美術なら、こちらは野球だ。そして『神の値段』以上に、その素材に関するミステリとしての面白味に富んでいる。具体的には、データから過去のプレイを、そしてプレイヤーの心理を読み解くのである。この着眼点がとにかく優れているし、思いつきに終わらせない説得力を持って書き上げている(この執念大事)。そしてそうした推理を支えるのが、やはり人物造形だ。視点人物も、その視点人物が対峙している人物も、あるいは伝説となった人物も、それぞれにきちんと生きてきたことが伝わってくる。だからこそ“なぜ”を描くミステリとして、説得力を持って完結できるのだ。完成度が高く、新鮮味がある。難点をいえば題名だが、直しうるポイントだ。自信を持って最終選考に送り出せる一作である。
 才羽楽『カササギの計略』もいい小説である。恋愛ドラマとして非常に巧みに作られている。また、伏せるべきを伏せた書き方もしており(しかもそれが終盤で読者の心を動かす造りになっているのだ)、ミステリの書き手としてのセンスを感じさせる。いわゆる、事件/調査/解明といった流れのミステリではまるでないが、これはこれで立派なミステリである。文章や台詞もきっちりと磨かれており、読み味がよいことも追記しておこう。
 木村一男『南の島に物語が降る』は、かなり長い作中作が登場する物語だ。その作中作の扱いは巧みである。作中作の存在意義がミステリとしての衝撃をもたらしてくれており、それを織り込む必然性がきちんとあるのだ。その作中作を戦場の描写でくるむという構造もいいし、戦場での謎の扱いも十分に上手い。気になったのは、作中作の“扱い”は巧みで魅力的だが、作中作の中身の魅力が薄いことだ(出足はいいのだが、いかんせん長すぎて平板に感じた。しかし他の選考委員は作中作こそがよいと褒めていたりして、意見は分かれた)。とはいえ、全体としては、最終選考進出に抵抗するほどの欠点のある小説ではない。
 一頁目の印象が正直良くなかったのは、楓蛍の『病の終わり、もしくは続き』だ。人物名の列挙による登場人物紹介は、梗概かと思うほどに愛想がない。だが、そこから先はスムーズに小説として読める原稿に変化していった。そして結末である。一発ネタだが強烈。これ以外ないという一撃である。眉をひそめる方もいるかも知れないが、ターゲットに逃げ場を与えない手段として、これ以外にどんな選択肢があったというのだ。完璧に説得されてしまった。ちなみに結末にに至るまでの流れも鮮やかであり、最終選考に全力で推す。
 さて、ここから先は、最終選考に残れなかった作品群である。まずは惜しい作品から語っていこう。
 堤リュウカ『飼育瓶』には、一次選考の選評で書いたように、妙な魅力がある。しかも、(後述する『I・D』よりもずっと)明瞭にその“妙”が読者に伝わってくるし、物語のなかで読者が迷子になることはない。惜しむらくは、この奇想の空間に読者を連れて行くための手続きに甘さがあり過ぎるという他の委員の指摘に対し、反論の材料が皆無だったことだろう。日常から非日常へ丁寧に誘導していれば最終選考に押せたかも知れないと、残念に思う。
 秋多川祥二『準備日の五階』は、大学の文化祭を舞台にしたミステリだ。この設定を食傷気味に感じる方もいるかも知れないが、これはこれできちんとしたエンターテインメントとして仕上がっている。準備段階での個々のエピソード(いわゆる日常の謎)の連続で全体を構成する面白味もあるし、そのエピソードに二重の意味を持たせる仕掛けも施してあったりしてミステリとして頼もしい。学生運動の活動家が作戦を決行するタイミングは作者にとって都合がよすぎる気もするが、それもまあ許容範囲と思わせるテンポの良さがある。青春小説としても、力を合わせて難関を乗り越えようという内容で心地よい。という具合に枠組みはよいのだが、ミステリとして評価するとなると、個々の謎が、謎そのものの魅力としても、謎が解かれた後の意外性の魅力としても弱かった。惜しい一作である。
 井塚智宏『ネットカフェ・チルドレン』は四篇からなる連作ミステリである。いずれも小粒で深みにも欠けるが、それが故にライトで心地よく読めるのは確かだ。第四話で締める構造にしても、それまでのヒントの出し方が露骨(というか、このポイント以外の“余剰”が最初の三話にはないので、どうしても読者がこれを意識してしまい、伏線として機能しない)で、このままでは驚きにくい。個人的には二次通過に最も近かった作品の一つであり、構成、各篇の謎、キャラクターの魅力に関し、そこそこの水準である現状に満足せず、もっと執拗に磨いて戴ければ次への道が開けると感じた。
 ここまでは、もう少し執念深く自分の小説を磨けば最終選考に残れたかもしれないという作品群。ここから先は、欠点が目立った作品群である。
 まず、序盤はOL犯罪小説として抜群に魅力的だったのが香川伸夫の『麦穂の檻』だ。代替ドラッグを巡ってOLという職種ならではの計画を企てるなど、新鮮味があって非常に良かった。だがそこから先で勢いを失う。語り手が増えると同時に話が発散して密度を失うのだ。「マッポ」などという言葉を使うヤクザの描写も類型的すぎて興醒めさせる。残念だ。序盤の魅力を掘り下げ、貫いて欲しかった。
『麦穂の檻』ほどではないが、高階文彬『偽りの報酬』の導入部も良かった。だが、その後が単調。IT系の記述に説得力がないのも、物語の根幹にかかわるだけに残念である(軍がその装備の根幹となるOSに民生品を使うとか)。プロとして実績のある書き手だけに、どうしても評価は厳しくせざるを得ない。
 小和田ワコ『女詐欺師』は、一人の女性が詐欺師として成長していく(世間的にいえば転落していく)物語である。そこに着目した点は評価したい。また、彼女の仲間となる面々の造形も、類型的ではあるがきちんと生きていてよい。とはいえ、詐欺そのもののアイディアが薄味。詐欺師ドラマとしてこれは致命的だ。『準備日の五階』も『ネットカフェ・チルドレン』もコアとなる要素が薄味という本作と同様の欠点を備えていたが、それでも読ませる文章や台詞回し、あるいは全体を貫くストーリーなどがあった。それにあたるのが『女詐欺師』であれば女性詐欺師の成長譚なのだろうが、彼女の生き方が場当たり的なものとして読めてしまうため、前述の二作より全体として低く評価せざるを得ない。
 海江田水戸『十四番目の月が上る』は、虐待されている少年と、居場所のない少女を軸として物語は進んでいく。筆力があるが故に、重苦しく物語は進む。そこに暗い熱気はあれど、ミステリとしての新鮮味はない。やがて、少年の物語と少女の物語は交差するのだが、その交差の模様も新鮮さに欠ける。非道い男と愚かな女の書きっぷりは大したものなのだが、それだけではやはり最終に推せない。
 野口浩孝『渇いた闇』は警察小説だ。評価としては、ど真ん中のB。CでもなければAでもない。目立った欠陥があるわけではないが、新人賞の選考で、他の特徴ある作品を落としてまでも上に推そうという気になる何か(アイディアの斬新さ、突出した描写力や構成力、人物の魅力など)が見出せなかった。正直言って、この手堅さをどう伸ばせばいいのか、アドバイスに悩んでしまう。
 橿真由宇『僕の人生は君が未来へ ~You’ll tell our future beyond my life~』は特殊能力を持った人間のドラマなのだが、その能力の活かし方の新鮮さに欠ける。文章にしても登場人物にしても真面目な点は好感が持てるが、どこかしら破天荒さも欲しいのだ。これまたど真ん中のBで、『乾いた闇』と同じように悩ましい。題材に“特殊能力”を使っているだけに、余計悩ましい。
 雄太郎『ロンリー・プラネット』も推しにくい一作だ。舞台の造詣も、そこに暮らす人々の造詣も巧みだし、その連中の日常描写も読者を惹きつける。部屋の細部のデザインなど、アイディアがキラリと光る部分も多い。だが、主人公を含め、登場人物たちの殺人事件への関心が低く、ミステリとしての緊張感に欠ける。全体として日常の連続であり、ストーリー性も薄い。まずはその二点について、発想方法を見直すべきだろう。
 例えば夢オチなどのように、これを出したら一撃ですべてを台無しにする“飛び道具”がある。それを使ってしまったのが最烏丸少吾の『仮性の狂気』だ。謎の設定そのものは悪くないが、それが“飛び道具”に依存しているのが問題。これを使わずに、作者はあの状況を作り出せたのかどうか。状況から先に作ったのか飛び道具を先に思いついたのかは判らないが、いずれにしても、ああいう安易な解決に依存した作品では勝ち抜けないことをきちんと認識するところから再出発して戴きたい。
 最後はI・Dの『I・D』。記号のような名前のキャラクターが独りよがりで動いていく小説だ。応募大賞が「エンターテインメントを第一義の目的とした広義のミステリー」であることを著者はどの程度意識していたのか疑問に思う。
 総論として、最終選考に進めなかった作品については、なにをもって読者を愉しませるか、満足させるのかという点をもっともっと考えて戴きたい。奇想も非日常も大歓迎なのだが、それを自分のイマジネーションの垂れ流しとして読者に提供するのではなく、冷静に冷徹に計算して作品に仕上げて欲しいのだ。そうした冷たい計算も、自分の作品に注ぐ愛情の一部である。手塩にかけて育ててから応募して欲しい。生まれたばかりの赤子を、はだかのまま他の成人たちとの闘いに放り込むのではなく。
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