第14回『このミス』大賞 最終審査講評

大森望

美術もの、金融もの、野球もののトリプル受賞

 この賞も回を重ねて14回め。今年の夏は、第1回の大賞受賞者である東山彰良氏が『流』で直木賞を射止め、『このミス』大賞の注目度もますます高まってるんじゃないかと勝手に想像するわけですが、はたして今回の応募者の中に、未来の直木賞受賞者(または本屋大賞受賞者)はいるのか? と、いつにも増して気合いを入れて最終候補作7編を読み、選考会に臨んだ。
 先に結論から言うと、大賞候補が2作に絞られた段階で、茶木・吉野チームと香山・大森チームの評価がまたしても真っ二つ。第7回の大賞、前回(13回)の優秀賞と同じパターンですね。茶木・吉野組が推したのが城山真一『ザ・ブラック・ヴィーナス』、香山・大森組は一色さゆり『神の値段』。議論はどこまで行っても平行線をたどり、はてしなく時間が経過する……かと思いきや、こうなったら決着のつけかたがひとつしかないことは過去の経験から重々わかっているので、わりあいあっさり、大賞の2作同時受賞が決定。平均的に支持を集めた大津ミツオ『たまらなくグッドバイ』が優秀賞に落ち着いた。
 以下、選に漏れた作品からコメントする。
 村上暢『ヘリオス・フォーリング』は古き良きジュブナイル(ポプラ社の《怪盗ルパン全集》とか)を思わせる冒険小説。歴史ものかスチームパンクっぽく仕立てればそりなりに成立しそうだが、現代の民間軍事会社が建造した巨大飛行船で事件が……というのはいくらなんでも無茶すぎる。スコット・ウエスターフェルドの《リヴァイアサン》三部作とか、芦辺拓『スチームオペラ 蒸気都市探偵譚』を見習ってください。
 楓蛍『病の終わり、もしくは続き』は、女子高生が大量殺人計画を練る話。辻村深月『オーダーメイド殺人クラブ』のあからさますぎる本歌取り……だが、最後にあまりにも強烈な卓袱台返しが待ち受ける。この小説の最後にこれを持ってくる勇気は評価したいが、これまた黄金パターン(非常に有名な先例がある)の変奏なので、すごい衝撃があるかというとそうでもなく、むしろ脱力しました。
 才羽楽『カササギの計略』はベタ甘の難病系ラブストーリーかと見て実は……というパターン。タイトルからして道尾秀介系だと思って読んでいると、それはひっかけで、某ミリオンセラーの系列でした。さすがにベタすぎて、大賞に推すのはちょっとはばかれるが、今回の候補作の中で、売れるポテンシャルがいちばん高いのは本作かもしれない。たった1行のセリフ(主人公の母親が何気なく口にする一言)で世界がひっくり返る構成はみごと。いや、びっくりしました。世間的には(こんなページを読んでない人たちから)いまもっとも求められているタイプの恋愛ミステリーだと思うので、一部問題点を改善のうえ、ぜひ「隠し玉」とかで世に出してほしい。
 木村一男『南の島に物語が降る』は、今回の候補作の中でいちばん独創的だった作品。江戸川乱歩の「芋虫」とドルトン・トランボ『ジョニーは戦場に行った』は似てるよね、ってところから出発して、それを融合させた小説(作中作)を伝単に使うという飛躍がすさまじい。さらに、ルソン島を舞台にした戦記文学と融合させ、社会派+本格ミステリ的な〝意外な真相〟までフィーチャーするが、さすがにそれはうまくハマっていない。最初のほうで提示される(モンティ・パイソンじみた)極秘作戦の扱いとかも含め、パートによってリアリティのレベルが違いすぎる。可能性はピカイチだが、このままでは商品として出しにくい。いっそ、戦記ものの部分をばっさり削って、100枚ぐらいの中編にすると傑作になるかも。
 優秀賞の大津ミツオ『たまらなくグッドバイ』は、八百長疑惑をかけられたのち、みずから命を絶った往年の左腕投手をめぐるスポーツ・ノンフィクション――を書いているという設定の野球ミステリー。プロ野球のディテールはよく書けていて飽きさせない。ただし、謎解きに力点がなく、謎が解かれてもなんのカタルシスもないため、ミステリーとしてはいかにも弱い。その欠点を補うほど野球小説として魅力的かというと、うーん、やや微妙。複数の語りと時代背景を行き来する構成もそんなに生きていないので、もう少し整理したほうがよさそうだ。積極的には推さなかったが、面白く読めるのは事実なので、優秀賞に同意しました。
 最後に大賞2作。城山真一『ザ・ブラック・ヴィーナス』は、たいへんリーダビリティが高く、あっという間に読める金融もの。ヒロインのキャラ立ちも抜群で、すぐにでもマンガ化/ドラマ化のオファーが来そう。ただし、その〝黒女神〟があまりにスーパー過ぎて、小説の中ではリアリティを持ちにくく、全体が絵空事に見えてしまう危険性を孕む。最初から勝ちつづけていると緊張感が持続しないので、もう少しピンチなり弱点を補強したほうがいいのでは。とはいえ、一気通読のエンターテインメントとしてはじゅうぶん成立している。
 一色さゆり『神の値段』は美術業界もの。書から発展したインクアートで人気の高い前衛芸術家・川田無名。彼の作品を専門に扱うプライマリー・ギャラリーの辣腕女性経営者が謎の死を遂げた事件を、画廊で働くヒロインの視点から描く。人前にまったく姿を見せない川田無名の作品がどのように製作され、どのように販売されているかに関するまことしやかなディテール、アートにおけるプライマリー・マーケットとセカンダリー・マーケットの違いなどを要領よく解説する業界描写が実に読ませる。逆に、殺人事件と警察捜査の扱いはものすごくぞんざいで、ミステリー的にはツッコミどころが多いのだが、そのへんは修正可能だろう。『このミス』大賞初の美術ミステリーとして自信をもって推薦したい。
 というわけで、今回は、美術もの、金融もの、野球ものとそれぞれ特徴のある3作が受賞。ここからだれがどう化けるか楽しみです。

香山ニ三郎

光る設定と手馴れた筆致

 今年の最終候補も七作。いつも通り読んだ順の紹介で、まず才羽楽『カササギの計略』は大学生岡部の部屋に突如美女が現れ「約束をしたから会いに来た」と宣言。彼に身に覚えはないが、成り行きで同居することに。彼女は重病を患っていたが、一緒に暮らしているうちに……という展開はありがちだし、男女のキャラが際立っているわけでもない。何でこれが最終にという謎は終盤に判明するが、それならそれで中盤のサスペンス演出にもう少し工夫を凝らしてほしかった。いやこれはあの恋愛ミステリーのナニだからと既存の名作との比較から擁護する声もあったけど、その名作ほどの切れ味はなし。
 ちょっと気落ちして挑んだ一色さゆり『神の値段』は美術ミステリー。世界的な前衛美術家川田無名の作品を一手に担うギャラリーの美人オーナーがかつての幻の作品をネタにひと勝負出ようとしたところで殺されてしまう。こちらは川田無名という画家のような書家のような謎のアーティストの設定が光っているし、美人オーナーのキャラも立っている。文章も美術関係の蘊蓄もしっかりしていて、後はミステリー的に問題なければこれでGO!と判断。警察捜査の甘さとか問題ないわけではないけど、今回の有力候補である。
 大津ミツオ『たまらなくグッドバイ』は野球ミステリー。晩年八百長疑惑をかけられ自殺してしまった昭和の伝説の左腕K・M。だが四半世紀後、一五〇〇奪三振の記念ボールが発見されたことから再評価が始まる。作家芹沢真一郎はK・Mの伝記を書くべく、彼にまつわるエピソードを取材して歩くが……。というわけで、K・Mの死の真相が掘り下げられていくのかと思いきや、何だかK・Mとその知られざる関係者をめぐるちょっといい話ふうな演出で、ミステリー的な盛り上がりに欠ける。小説内小説趣向や曖昧な人称表現ゆえのわかりにくさもつきまとい、乗り切れないまま読了。
 木村一男『南の島に物語が降る』の背景は太平洋戦争の時代。乱歩が「芋虫」で特高の追及を受ける序盤その一と、アメリカの物理学者がその「芋虫」を活かした伝単(宣伝ビラ)作戦を計画する序盤その二から、フィリピン・ルソン島の死闘場面へと転じる前半は素晴らしかった。伝単に記された奇怪な内容等、先の展開がまったく読めずワクワクドキドキ。しかしいくら何でも、伝単で原爆阻止なんてあり得ないでしょ。たとえそういう史実があったとしても、もっと現実味のある戦時謀略に沿った話作りは出来なかったものか。戦場のシーンも迫力あるし、ホント惜しまれる一篇である。
 村上暢『ヘリオス・フォーリング』は民間軍事会社が開発した最新鋭の大型飛行船が試験飛行に飛び立つものの、東南アジアの小王国のテロリストによってハイジャックされる。何だかアニメのようなタッチだなあと思っていたら、飛行船の雑用係は間に合わせで集められたロクでもない奴ばかり、なんて現実にはあり得ないだろう設定が出てきて興醒め。語りはしっかりしていてリーダブルだが、何かと物語に都合のいいジュブナイル的展開に終始して、早々と脱落決定。この書き手は確か常連候補のひとりのはず。航空冒険活劇を目指すその心意気は買うけど、目標はもっと高いものにしてください。
 城山真一『ザ・ブラック・ヴィーナス』の主人公は、ある条件を満たせば金が必要な人間に希望する金額を返済不要で供給するという金沢の都市伝説の女、黒女神。金融の苦情相談員に従事する元銀行員の青年がそのブラック・ヴィーナスの助手に就くことに。異色のコンビを配した経済サスペンスで、手馴れた筆致でくいくい読ませる快作。ただ黒女神がいくら株取引の天才といっても不敗神話の持ち主となると、ちょっと現実味が薄れ、ファンタジーっぽくなって作品の印象も変わってしまわないか。そこが引っかかって高い点がつけられなかったが、これを評価する人の気持ちはわかる。
 楓蛍『病の終わり、もしくは続き』は事前に問題作ありとの情報を受けていたが、ニヒリストでアブない計画を温めている女子高生の独白と並行して、彼女と同じクラスの明朗美少女のそれが綴られていくというのは、学園ノワールとしてはもはやありがちな展開。ただ、明朗美少女がブログで綴る実在作品を対象にした書評が面白く、これなら推せるかと思ったところでキャリーもびっくりの衝撃の結末が待ち受けていた。既存の名作とあまりにクリソツというO委員の反論にぐぅの音も出なかったが、驚愕仕掛けにしてやられた以上は後押ししないとな。
 というわけで、こちらが耄碌したせいもあるのかもしれないが、今回は全体的に調子が上がらず、有力候補の『神の値段』も昨年の『女王はかえらない』のように単独で大賞を授ける気にはなれず、『病の終わり…』とセットでいこうかと考え選考会に臨んだ。が、『神の値段』との組み合わせには黒女神のほうを望む声が大きかったので、その点は妥協。また『たまらなくグッドバイ』を評価する向きもあり、個人的には乗れなかったものの、買う人がいるならその人に託そうということで、優秀賞授与についても妥協。幸い『病の終わり…』は早い段階から隠し玉でという声が上がったのでそちらに乗ることにして、『カササギ』も売れ線を狙えるかもというご意見に納得、隠し玉案に同意した。

茶木則雄

本当の勝負はこれから。改稿後の出版が、待ち遠しくて仕方がない

 最終選考会には毎年、文句があるならかかって来い、という気持ちで臨んでいる。いいか悪いかは別にして、大賞に相応しい、と自分が信じる作品は、何としてでも掬いたいからだ。しかし今回、Aに+をつけて――つまり喧嘩上等で、挑みたい作品は残念ながらなかった。
 ただし、才能の煌きを感じさせる原石の数が、例年に比べ少なかったわけではない。実際、大賞二作、優秀賞一作、選考委員から推された隠し玉の二作を含めると、今年も五人の新人を輩出する運び(予定)となった。
 四人の選考委員がAAとBC、CBとAAという対照的な評価を下し、同点でダブルが決まった大賞のうち、私が推したのは城山真一『ザ・ブラック・ヴィーナス』だ。人情噺的なほっこりする導入部から怒涛のラストまで、一気呵成に読ませるリーダビリティは今応募作中、随一と言える。クライマックスの胸が熱くなる展開といい、エンターテインメントの何たるかを、よく分かっている書き手だ。ただ、常勝トレーダー「黒女神」の“天才ぶり”に、いささか不満が残った。株で勝ち続ける力の源泉が、天賦の才というだけでは、深みと説得力に欠ける。負けて学び、ときに大失敗をしでかして絶体絶命の窮地に陥ってもなお、気力と知力を振り絞って反攻する――そんなヒロイン像であれば、文句なく、Aに+をつけただろう。上手く改稿できれば、第一級の経済エンタメになると思う。
 同時受賞の一色さゆり『神の値段』は、謎めいた前衛芸術家の存在とギャラリー経営者の死の真相を巡る美術ミステリー。内外の既存作品と比べてさほど新味を感じられず、私的には低い評価だった。最大の欠点は警察描写の脆弱さだろう。いろいろ突っ込みどころはあるが、本人特定にDNA鑑定が行われない不自然さは、如何ともし難い。とはいえ、専門知識に彩られた美術関連のディテールには厚みがあり、人物造形を含め、筋の運びも達者である。将来、美術ミステリーの旗手として大化けする可能性は、なきにしもあらず、だ。受賞を、諒とするものである。
 優秀賞の大津ミツオ『たまらなくグッドバイ』は、個人的に最も高く評価した作品だった。八百長疑惑の汚名を晴らすことなく自ら命を絶った“伝説の左腕”のリアルな実績と人物像が、実にいい。何より素晴らしいのは、過去の投球データから心理を探り、隠された内実を浮かび上がらせる推理の妙だ。これは野球ミステリーの新機軸と言っていい。ところどころ筆が走りすぎ、時制や会話の主体が掴みづらい箇所もあるが、総じて筆力は高いレベルを保っている。全体の結構に齟齬をきたしかねない最終章に憾みは残るものの、大賞受賞作と比べ、その才能はいささかも劣るところはない、と感じた。入念な改稿を経て、文句ない傑作に仕上がることを期待する。
 木村一男『南の島に物語が降る』は、今回の応募作の中で最も、ミステリー的な企みを凝らした作品である。物語の構想も壮大で、真相も意外性に満ちている。が、惜しむらくは、肝心要の「伝単」にリアリティがない。戦時中に撒かれた、敵の戦意を喪失させるための宣伝ビラは、読んで字のごとく単ビラで、あれだけの枚数の物語を、何回にも分けて散布する設定にはどだい無理がある。どう直すかの具体案はなくもなかったが、改稿に手間がかかり過ぎるという意見には、肯かざるを得ない。
 村上暢『ヘリオス・フォーリング』については、二次の選評に詳しく書いた(サイト参照)。この作者には、とにもかくにも、脳に汗をかき、説得力に満ちたプロットを構築して欲しい。
 隠し玉に推された才羽楽『カササギの計略』と楓蛍『病の終わり、もしくは続き』は、実のところ、欠点も大きいが伸び代も一番大きい、と感じた作品だった。
 前者の欠点の最たるものは、仕掛けを施す人物の動機だろう。これが、せっかくの感動と驚愕の物語を台無しにしている。が、途中で落涙したのは紛れもない事実だ。上手く直せば、商業的成功の、高い可能性を秘めている。実在の書物の感想文や散漫な構成など、後者の問題点を挙げていけば切りがない。しかし、斜に構えたシニカルな筆致は出色。ラストの衝撃も傑出している。この才能は捨て置くに惜しい。
 共に意表を衝く返し技が魅力の作品だが、前者はホワイトどんでん返し、後者はブラックどんでん返しとでも呼びたい趣で、忘れがたい印象を残した。二作とも隠し玉に推挙され、心からほっとしている。
 大賞であろうが優秀賞であろうが、また隠し玉であろうが、本当の勝負はこれからだ。それぞれどんな仕上がりを見せるか――改稿後の出版が、待ち遠しくて仕方がない。

吉野仁

虚実の皮膜にこそ芸がある

 その物語にリアリティがあるか、ないか。小説の評価判断でもっぱら問われる事柄のひとつだ。高名な文学賞受賞作でさえ、そうした批判にさらされることはざらである。いわんや新人賞の応募作においてをや。
 いまの現実世界を舞台にしながら、およそありえない記述があれば、バカバカしいと一蹴されてしまう。当然のことだ。しかしながら、あまりにもリアリズムにこだわりすぎて、日常から一歩も外へ出ておらず、想像力に欠けたものではつまらない。
 近松門左衛門による「虚実の皮膜」という有名な言葉がある。虚構と真実の微妙な間にこそ芸があるという意。大胆な虚構性に挑みつつ、確かなディテールが書き込まれ、いま起きている現実の出来事のように感じさせる小説こそが、高く評価されるのである。
 リアリティのない作品は、往々にして作者がつくった設定や展開を優先するあまり、細部に生まれる不都合を無視したりごまかしたりしている場合がほとんどである。いわゆる「ご都合主義」。いちど書きあげた作品に対し、そうした部分が含まれてないか、徹底して見直すべきなのである。
 今回の最終候補作でも、その点が指摘され、議論となる作品が目立った。もっとも、簡単な修正で直るものならば問題はない。
 二作受賞となった大賞は、それぞれテーマとなる世界がしっかりと描かれており、それだけでサスペンスを感じさせる作品だった。
 まず一色さゆり『神の値段』は、人気前衛アーティストをめぐる美術ミステリだ。女性オーナーが殺されるというメインの事件はあまりにも陳腐ながら、ギャラリー、オークションなど美術界をめぐる興味深い記述の数々とそれにともなう謎が秀逸なため、立派にサスペンスとして成立している。もしも警察捜査の現実を知らず、犯人探しものが苦手なのであれば、無理にそうした展開を書かずとも、美術世界の特異性、エキセントリックな芸術家や業界人、それに群がる有象無象の心理や葛藤を描くだけでも面白いはず。原田マハに続く美術ミステリの名手となってほしい。内外の女性サスペンス作家(ハイスミス、レンデル、ウォルターズ、小池真理子、近藤史恵など)の傑作を読み込むべし。
 もう一作、城山真一『ザ・ブラック・ヴィーナス』は、株取引で確実に儲けを出す謎の女「黒女神」をめぐる物語。「黒女神」が超人すぎる点をはじめ、それこそ「ご都合主義」と批判される箇所を多分に含んでいるものの、個性的なキャラクターやドラマづくりのうまさなど、小説としての完成度は、今回の候補作中では一番だと思った。「ご都合主義」の見直しを徹底さえすれば、新たな経済ものの書き手として活躍が期待できる。
 優秀賞となった大津ミツオ『たまらなくグッドバイ』。わたしは否定的な感想を抱いた。わかりづらいのだ。同じパターンの語りによる状況説明がぐだぐだと続く。アクションもなく、サスペンスも感じられず、しかも中心人物の名がイニシャル「K・M」で書かれてるためかイメージが浮かばず、読み進めるのに難儀した。しかし、魅力的な謎の提示に関する独創性でいえば、今回、これが抜きん出ていた。二次予選までの段階で高く評価されたのも、うなづける。その点をうまく伸ばして、欠点を修正し、だれもが納得できる傑作に仕上げてほしい。
 惜しくも受賞を逃した作品のうち、最大の問題作は、村上暢『ヘリオス・フォーリング』だろう。民間軍事会社が開発した巨大飛行船が試験飛行の際にハイジャックされるという話。痛快な冒険サスペンスだ。しかし、いくらなんでも、という「ご都合主義」で埋められている。都合よく外国人の誰もが日本語を話し、都合よく武装ゲリラ、そして某国の姫までもが一般乗組員として潜入しているなど、挙げればきりがない。それでも、これだけの面白さと読みやすさは捨てがたい。本気で受賞を目指すなら、この問題に真剣に取り組んでほしい。ストーリーテラーとしての優れた才能が埋もれたままではもったいない。
 才羽楽『カササギの計略』は、登場人物の過去や出会いをはじめ、エピソードがみなウソ臭く感じられた。もちろんミステリーとして成立させるための作為的な結果なのかもしれないが、それでも全体を覆う「こしらえた」感じをもうすこし巧みに描いてほしい。
 木村一男『南の島に物語が降る』は、構成のまずさで損をしている。ルソン島の物語だけを書けばよかったのではないか。冒頭の乱歩登場、米国物理学者や米国大統領らが出てくるシーンを章の途中で挟み込むなどすれば、もっと読みやすくなっただろう。
 最後に、楓蛍『病の終わり、もしくは続き』は、最近流行の「ざまあ系」といえる学園もので、もし「隠し玉」として刊行されればそれなりにヒットするかもしれない。だが、このままではワンアイデアを水増ししたり引き伸ばしたりした感じが強い。物語とは直接関係のない部分の記述が長すぎるのだ。ドラマを描くための筆力を鍛えてほしい。