第14回『このミス』大賞 1次選考通過作品 一色さゆり

人前に姿を見せない前衛芸術家・川田無名
唯一その正体を知るギャラリー経営者の死
果たして無名に隠された秘密とは?

『神の値段』一色さゆり

 最初にやるべきは一人の魅力的なキャラクターを中心に置くことだけで、あとは物語が自動的に進んでいってくれる。おそらく作者は、そういった作劇の妙味を本作において味わったのではないだろうか。そういうキャラクターが登場する小説なのだ。川田無名という前衛芸術家である。メディアはおろか関係者の前にも一切姿を現さない無名は、永井唯子というギャラリー経営者とのみつながって作品を発表し続けている。ある日唯子は、無名が1959年に描いたという作品を手の内から出してくる。来歴などは完全に伏せられている幻の作品だ。その作品に関する謎が明かされないまま、唯子は突然死亡してしまう。
 主人公は唯子のアシスタントとして働く人物だ。唯一の代理人がいなくなってしまったのだから、無名の正体暴きが始まることは避けられない。1959年の作品についてもあれこれとゴシップが浮かんでくる。ここが上手いところで、人物と状況の設定が自動的に物語の波風を生み出してくれているのだ。謎解きに主人公が向かっていく経緯も実に自然だ。かくして全体の三分の一にも達しないうちにお膳立てはすべて揃い、結末へと向けて物語は自走し始める。新人賞の応募原稿レベルでは、ここまでの推進力が得られた作品を見ることはなかなかない。まるですでにデビューしたプロの原稿を見ているかのような読み心地であった。その意味では即戦力と太鼓判を押していい出来だ。
 美点ばかりを書き連ねたが、あまりにもウエルメイドである、ということ以外に瑕は存在しない。しかも物語運びにデジャ・ヴュを覚えるような個所はほとんどないのだ。鮮やかな幕切れまで、「ここでしか見たことがない」場面が続いていく。登場人物の整理もいい。人によってはもっと魅力的な脇役を、と思う読者もいるかもしれない。しかし、いいのだ。川田無名という中心点があるのだもの。私は楽しませてもらった。ありがとう。

(杉江松恋)

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