第14回『このミス』大賞 1次選考通過作品 烏丸少吾

俺はいったい誰なんだ? 鏡の中には見知らぬ自分
アイデンティティを失った男、妻の行方を捜す男、連続殺人を追う刑事たち
彼らが見出した真相とは……?

『仮性の狂気』烏丸少吾

 人の記憶を扱ったサスペンスは数多く書かれている。記憶を扱う手つきは様々だが、この「このミステリーがすごい!」大賞にも、そんな作品がいくつも応募されている。「記憶」とは、人気テーマの一つなのだ。この作品もまた、人の記憶を、あるいはアイデンティティを扱っている。
 はじめに登場するのは、沢村という男だ。帰宅しようとした彼は、家族と隣人の奇妙な反応に困惑する。勤め先に戻ったものの、社員だという彼の主張は受け入れられず、警察に通報されてしまう。トイレで鏡を見た彼は驚愕する。そこに映るのは、見知らぬ顔の男だった。やがて彼は殺人事件に遭遇し、アイデンティティを喪失したまま逃亡生活を続けることになる……。
 並行して描かれるのが、失踪した妻の行方を捜す男の物語だ。妻のもとに届いた手紙など、わずかな手がかりを頼りに、彼女の身に何が起きたのかを探るプロセスが描かれる。
 そして、奇妙な連続殺人事件を追う刑事たち。沢村が遭遇した事件もその一つだ。彼らが追う事件の、奇妙な共通項。その先に浮かび上がる事件の背後にあるものは……。
 何が起きているのかもはっきりしない五里霧中の展開。いくつもの視点から物語を叙述することによって、霧は晴れるどころかますます色濃くなっていく。
 終盤に提示される真相はきわめて強引ではある。だが、そこに至るまで、読者を宙吊りにしたまま、五里霧中の状態をぎりぎりまで引っ張ってみせる手際はなかなかのもの。意地の悪い結末への着地も、不穏な余韻を残して印象深い。

(古山裕樹)

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