第14回『このミス』大賞 1次選考通過作品 I・D

太陽のない世界に住む16歳の姉イトと中一の弟ヤーに
フルートの天才や老女画家、小説家が絡んで
謎の電子書籍を巡り意外な結末へ

『I・D』I・D

 2020年、生活のためにスーパーで働く乱暴な口をきくイトと、自分を持て余している中学生ヤーの、不思議な姉弟二人暮らしの描写から物語は始まって、うつ病で普通の生活ができないフルート奏者フーゴの病んだ世界へ続く。次に妻を出産で失った司法書士ドウマスの一見正常な仕事ぶりへ移っても、まだどう関係してくるかはわからない。なぜ世界が1年中同じ寒さが続くようになっているかの説明もない。
 ただ、未来は明るくはないという作者の感覚と、どうにかしてそこから切り抜ける方法を模索してみたいという強い思いは伝わる。
 イトとヤーの父親は、教員時代の学級崩壊からうつ病になって解雇され、自殺未遂で入院し、母親は離婚。住まいは叔父に売られたためにふたりがぼろアパート暮らしをしているという事情はやがて明らかになり、ドウマスのおかげで家を売った代金は取り戻せる。画家の老女ラフィーヌは施設で絵を描くことで発作から逃れていて、やがてドウマスの書いた小説がみんなを結びつけて、またまた事態は急展開。
 心の病になるのは正常だからではないか、という世界観からか、病人だらけなのにあまり暗くならないですんでいるのは、姉と弟のぶっきらぼうな会話が元気だからだろう。図式的ではない再生の可能性を探ろうとして、作者は作中小説でもっと混乱させてくれる。
 この混乱を好もしく感じさせるのがなぜだか、私にはよくわかりません。筆力や人物造形の多彩さのためもありそうですし、ここまで病人の多い小説が珍しいせいかも知れませんし、必ず意外な犯人がわかってオシマイ、というお約束ごとに飽きた気分になっているせいかも知れません。
 ともあれ、変なまま押し切った小説ではありました。

(土屋文平)

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