第13回『このミス』大賞 最終審査講評
大森望
史上最大の激戦を制したのは小学校ミステリー
今回の最終候補作は、2次選考段階からきわめて評価が高く、史上最大の激戦になるのでは……と囁かれていたようですが、蓋を開けてみると、案の定、6作のうち4作にまで誰かしらのA評価(大賞候補として推薦)がついた。ただし、3個以上(過半数)のAを獲得した作品はゼロ――とのっけから荒れそうな展開に。まあ、茶木さんが3作品にA+をつけ、トリプル授賞を目標に掲げたのが一因ですが、面白い作品が多かったのも事実。結果、だれもAをつけなかった2作が最初に脱落したが、つまらなかったわけではない。
加藤笑田『キラーズ・コンピレーション』は伊坂幸太郎系の殺し屋もの。というか、殺人の請負がオークションになってて、安値で落札した殺し屋が殺人を実行――という設定は、曽根圭介『殺し屋.com』そのまんま。いくらすいすい読めても、シェアードワールドもののコンテストじゃないんだから、既存の作品とここまでかぶると新人賞は出しにくい。
安藤圭『風俗編集者の異常な日常』は、風俗情報誌の女性編集者が探偵役をつとめる(都筑道夫『泡姫シルビアの華麗な推理』みたいな)“日常の謎”もの――かと思えば、ミステリ成分がかなり希薄。最初のネタがちょっと面白いので期待させるが、いまどきの風俗業界事情と本格ミステリをうまくからめられていない。
というわけで、この2作が早々と落ち、残り4作品の戦いになった。混戦から最初に抜け出したのは、全員がB以上をつけた降田天『女王はかえらない』。一見、流行りのスクールカーストもので、TVドラマ「女王の教室」ばりのヒリヒリした日常が(教師と生徒ではなく)、クラスの女王を争う2人の女子生徒の権力闘争(派閥争い)を軸に描かれてゆく。このスリリングなパワーゲームだけでもじゅうぶん面白いが、全体は2部構成になっており、ミステリ的な仕掛けが縦横無尽に張りめぐらされている。問題は、その仕掛け自体、どれもこれもけっこう既視感が漂い、しかも若干やりすぎっぽい。これでもかとサービスしすぎて失敗したというか、むしろ足もとの脆弱さが目立つに結果に。とはいえ、そうマニアックじゃない読者にとっては、後半のつるべ打ち(どんでん返しの連続)は意外性満点だろうし、なによりストーリー展開がうまくて飽きさせない。授賞に反対する声もなく、意外とすんなり大賞を射止めた。ミステリーで女性2人のコンビ作家と言えば、『霊感探偵倶楽部』シリーズの新田一実以来? ライトノベル分野ではすでに実績もある人(たち)のようなので、これを機にガンガン書いてほしい。
逆に、賛否両論真っ二つに分かれたのが、テーマ、作風ともに正反対の2作、神家正成『深山の桜』と、辻堂ゆめ『夢のトビラは泉の中に』。
前者はPKOに参加して南スーダンに派遣されている自衛隊の宿営地が舞台。とくに事件もなく宿営地の地味な日常と自衛隊内部の人間関係がみっちり描かれていく前半は読み応えたっぷり。小さな事件の調査からしだいに不穏な空気が漂いはじめる展開もうまい。ただし、オネエ言葉でしゃべる探偵役が登場してモードが切り替わったあたりから、だんだん違和感が強まってゆく。自衛隊で戦車操縦手をつとめたというキャリアを生かしたリアルな描写と後半の派手な展開がどうもそぐわないし、スーダンの空気感もだんだん希薄に。結果、むきだしのテーマ性ばかりが前面に出てしまうのが惜しい。
辻堂ゆめ『夢のトビラは泉の中に』は、反対にきわめてリアリティの乏しい小説だが(なにしろ、主人公の梨乃は日本を代表するトップシンガーなのです)、設定の斬新さだけでA評価に値する。自宅マンションから転落死、自殺と報道されて世間は大騒ぎになっているが、自分では自殺した記憶も死んだ自覚もない――という導入から、はいはい、主人公が幽霊ってパターンね。と思っていると、彼女はちゃんと実体を備えている。なのにまわりの人間のはだれも梨乃だと認識してくれない。いったいどういうことなのか?
なぜかただひとり、彼女の顔が大スターの梨乃に見える大学生・優斗の助けを借りて新生活をはじめた主人公は、所属事務所で事務のアルバイトをしながら、自分の死の真相を追い求める……。
いったいどういう設定なのか、読んでて頭の中が疑問符だらけになるんですが、すべての疑問にきっちり(超自然設定の本格ミステリー的に)理屈がつくところがすばらしい。敵役の設定や犯行動機などにいろいろ問題はあるものの、白河三兎系列のファンタスティック・ミステリーとして、じゅうぶん評価に値する。大賞に強く推したものの、C評価サイドとの議論は平行線。痛み分けのかたちで、『深山の桜』ともども優秀賞となった。力及ばず申し訳ありません。
この対決の割りを食ったのが山本巧次『八丁堀ミストレス』。祖母から相続した家の奥に江戸時代へと通じるタイムトンネルがあり、元OLのヒロイン・関口優佳が現代の知識と科学分析のデータを活用して八丁堀同心の犯罪捜査に協力する。捕物帖に指紋照合やルミノール反応を組み合わせるというアイデアはすばらしい。問題は、それを支える細部の説得力。江戸時代に女ひとりでこんな二重生活が可能だったとは思えないし、科学分析ラボを経営する友人とか、都合のよすぎる設定も悪目立ちする。ただし、これがシリーズものの第一弾なら、謎が積み残されてもかまわないし、このままでもすぐ出版できるレベル。受賞は逸してもなんらかのかたちで世に出してほしいというのが選考会の結論だった。
というわけで、万人受けしそうな学園ものが大賞、硬軟対照的な2作が優秀賞という結果になりましたが、なかなか楽しい選考でした。
香山ニ三郎
どれも最終候補に相応しい力作
最終候補作を読み進めている最中、つい二次選考の講評を覗いてしまった。今年は大賞候補が三作あるとおふたかたが述べているのにハッパをかけられ、いつにもまして精査した結果は後述するとして、例によって読んだ順に紹介していくと、まず山本巧次『八丁堀ミストレス』は久しぶりの時代もの。
江戸・文政年間、両国橋近くの長屋に住むおゆうは江戸一番の薬種問屋・藤屋から調査を依頼される。息子が殺されたうえに闇で紛いものの薬を横流ししていた疑いまでかけられていたのだ。おゆうは過去の捕り物で信頼を得た同心の協力で調査に乗り出すが……というといかにもオーソドックスな捕物帳っぽいけど、実はおゆうは現代人。長屋にあるタイムトンネルを通じてふたつの時代を行き来していたのだ。現代の科学捜査を捕物帳に導入したアイデアよし、その顛末もきっちり描かれ完成度は高かった。しかしタイムスリップについては人工仕掛けがありそうなのに、その謎には触れられず、次作に続く的な落ちもあって、シリーズものを読まされたような印象がぬぐえなかった。
続く辻堂ゆめ『夢のトビラは泉の中に』は女性人気歌手がゴミ捨て場で別人として覚醒、元の自分が自殺していたことを知る。彼女は所属していたプロダクションで再出発を図る。彼女が再生したのか転生したのかあやふやなのが気にかかるし、よくある犯罪ネタを使っているのもちょっと難だが、その死をめぐる謎の構成はしっかりしているし、枚数を費やしてしっかり書き切った筆力にもただならぬものがあると見た。
加藤笑田『キラーズ・コンピレーション』は愛知県の田舎町の町長選をめぐって暗殺計画がめぐらされ、殺し屋たちとその関係者が現地に潜入する。殺し屋を始め主要人物が皆まともじゃないのはお約束で、スラプスティックなやり取りが繰り広げられ楽しく読ませて貰ったが、この手の殺し屋ものといえば、伊坂幸太郎作品等でもお馴染み。そこから出るものがあるかといわれたらそれまでで、筆力はあるのにちょっともったいない気がした。
安藤圭『風俗編集者の異常な日常』は就活に苦戦する大阪の女子学生が風俗系出版社に入社、編集者たちの変態ぶりに辟易しつつも日々成長していく。魑魅魍魎が跋扈する業界内部を活写した異色のお仕事小説で、これまた楽しく拝読したが、それもそのはず作者は本賞の最終候補経験者であった。ただミステリー的な趣向はいかにも取ってつけたふう、これならお仕事小説に徹したほうがよかったかも。
降田天『女王はかえらない』は北関東の山間の小学校が舞台。主人公がいる四年×組にはマキという女王が君臨していたが、ある日東京からエリカという少女が転校してきてクラスの階層が激変、二派に分かれた抗争はやがて夏祭りの夜に破局を迎える。いわゆる学園ノワールでスティーヴン・キングの世界を髣髴させる前半の抗争篇もよく出来ているが、後半に驚愕の仕掛けが! しかしながら、よく考えてみると前半で起きる事件が迷宮入りしてしまう展開には少々無理があって、そこを訂正する必要があろうかと。
最後の神家正成『深山の桜』はPKO活動でアフリカの南スーダンに駐留する自衛隊の内部で盗難事件を始め、トラブルが続発。定年近い先任曹長が若い士長ともども調査を命じられるが、やがて自衛隊の撤退を要求する脅迫状が届けられる。作者は自衛隊経験者ということで、なるほどその内幕が活き活きと描かれているが、さらなる事件が発生したことで日本から派遣されてきたオネエの自衛官が名探偵ぶりを発揮するのかと思いきや「めい」は「めい」でも「迷」探偵、こちらが期待したような謎解き劇の妙は得られなかった(謎解き自体が悪いわけではありません)。
というわけで、全作読み終えた感想としては、どれも最終候補に相応しい力作ではあるけれど、どれも一長一短あって強くは推せないというものだった。だからといって授賞に反対するまでには至らず、今回は授賞を強く願う声を聞き入れようかと風見鶏の態で選考会に臨んだが、投票結果は割れた。マイナス票がなかった『女王はかえらない』が大賞を受賞したのは順当として、『夢のトビラは泉の中に』と『深山の桜』はプラス票を重視した結果。『八丁堀ミストレス』も優秀作に入れてもよかったのだが、話の展開がシリーズものふうなんだし、ここはひとつシリーズ化を前提に隠し玉として売れ線を狙ったほうがよいのではとの判断が下された。本賞ではすでに岡崎琢磨『珈琲店タレーランの事件簿』のシリーズが結果を残している。山本さんはがっかりせぬように。選外のおふたりも実力的には問題なし、独自のアイデア、プロットの構築に力を注いで再チャレンジを!
茶木則雄
矢弾尽き、散るぞ悲しき選考会
今回、私の見るところ、抜きん出た大賞候補が三作あった。文芸の王道を往く小説的興趣とミステリーの技巧が冴える降田天『女王はかえらない』、テーマの今日性と自衛隊内部の圧倒的ディテールが光る神家正成『深山の桜』、時代ミステリーと現代科学捜査を融合させた斬新極まる山本巧次『八丁堀ミストレス』、の三本である。
二次選考会では千街晶之委員と評価が完全に一致し、「どれが大賞でもおかしくないし、どの作品にも大賞をとってほしい」(千街氏選評)と私自身、強く思っていた。三作とも過去の受賞作と比較して遜色ない出来栄えで、前例に捉われず、真に才能ある原石を見出そうという「このミス」大賞創設の趣旨からしても、三作同時受賞はあって然るべき、というのが私の考えだった。反対意見が出たら徹底抗戦するつもりで、あえて三作全部にA+の評価をつけて臨んだが、多勢に無勢で結果は玉砕。「矢弾尽き果て、散るぞ悲しき」選考会、となった。
優秀賞に留まった『深山の桜』、賞を逸した(ものの、選考会の総意として隠し玉に推されている)『八丁堀ミストレス』の作者には、自らの力不足を衷心からお詫びしたい。かくなる上は是非、おふた方は他の選考委員をギャフン、と言わせる活躍をしてください。
さて、単独で大賞を射止めた『女王はかえらない』。なによりもまず、小説としての興趣が素晴らしい。単なるクラス内でのいじめ話に留まらず、教室という閉ざされた空間でのヒエラルキーの対立を軸に、子供ゆえの残虐性、子供ならではの純真性、また子供心に揺れ動く微妙な感情の襞を、余すところなく活写している。次第に孤立感を深めていく主人公の内面描写はとりわけ秀逸で、ロバート・マキャモン『少年時代』を彷彿とさせる佇まいだ。良質の少年少女小説として、ページを繰る手も忘れて読んだ。さらに、この作品にはミステリー的にもかなりの技巧が凝らされている。前例もあり、わかる人にはわかる仕掛けではあるが、二段仕立てのトリッキーなプロットに、驚嘆する読者も少なくないだろう。計算しつくされた技巧と卓越した描写力――文句なしの受賞作だと思う。
聞くところによると作者は、プロット作りと執筆をそれぞれが担当する女性二人の合作作家とのこと。平成の女性版「岡嶋二人」を目指して、これからもガンガン作品を書いていただきたい。
残念ながら大賞を逃した『深山の桜』は、ネルソン・デミル『将軍の娘』の系列に連なる軍隊内捜査小説。舞台は南スーダン。PKOに従事する自衛隊宿営地で続発する変事(一般的感覚で言えば些細な事件)が物語の発端だ。が、たとえば、軍隊の中で保管弾薬が一発でも紛失することが、どれほどの大事件か――作品を読むうち読者は、殺人事件同様の緊迫感を強いられるはずだ。それほど、自衛隊内部のディテールが圧倒的で、冒頭から食い入るように読まされた。自衛隊の駆けつけ警護、それに伴う法整備、緊迫感を増す紛争地の状況――安全保障に関わる今日的問題を、作者は、声高に叫ぶことなくニュートラルな視線で、読者の前に提示してみせる。桜星(下士官)の矜持と無念が、本作の最大の読ませどころだ。タイトルに繋がるラストは万感。朝日新聞への国民的糾弾がようやく始まった今日、この分野の鉱脈は深い。是非、しばらくはこの路線を掘り下げてもらいたい。
もうひとつの優秀賞、大森委員と香山委員の支持を集めた辻堂ゆめ『夢のトビラは泉の中に』は、作品の曖昧な世界観に得心できなかった。カルト教団の行動原理にせよ、物語の源泉とも言える「神秘の泉」のエピソードにせよ、物語を繋ぐための据え物めいた感じで、細部まで練られた観がない。とはいえ、不可解な状況に突如放り出された主人公の、戸惑いと冒険を描く瑞々しい筆致は、素直に賞賛すべきレベルにある。年齢から言ってもまだまだ伸び代のある書き手だろう。優秀賞受賞を諒とするものである。
『八丁堀ミストレス』の上手いのは、江戸と現代を行き来するヒロインの相棒に、「私的科捜研」とも言うべき分析趣味オタクの理科系友人を配したところだ。江戸時代の事件の背後にある謀略も、実在の歴史的事象を基によく練られている。現代の科学捜査と時代ミステリーを融合させた独創性は、特筆に価すると思う。返す返すも、無冠が残念でならない。
安藤圭『風俗編集者の異常な日常』と加藤笑田『キラーズ・コンピレーション』は、個人的に面白く読むことが出来た。が、前者にはミステリー的弱さが、後者にはオリジナリティの不足が指摘され、選に漏れることとなった。力はあると思う。捲土重来を期待したい。
吉野仁
学校内のドラマを読ませる力が他を圧倒した
今回、わたしは『女王はかえらない』が抜きん出た傑作として賞賛した一方、他の候補作に対しては、かなり厳しい評価を下すこととなった。本賞の選考は、短所よりも長所を拾い上げ、いくつか欠点があってもそれを修正または改稿することを前提としているのだが、それでも納得できない点が残ったのだ。
大賞を受賞した降田天『女王はかえらない』は、小学校でのいわゆるスクールカーストやいじめといった題材自体はなんら目新しくはないし、すでにお馴染みとなったトリックが多用されている。しかしながら、ぐいぐいと読ませる文章力をそなえており、物語の行方を追わずにはいられなかった。
もちろん欠点がないわけではない。とくに第二部に入ってから、ご都合主義でしかない作為的な部分が目立ち、大きな減点となった。それでも子どもたちの教室でのドラマをしっかりと読ませ、伏線と意外性をそなえミステリーとして出来上がっている。すでに少女ラノベ作家として活躍されている女性コンビ作家ということをあとで知ったが、ぜひ大人向けの現代ものを今後も書き続けてほしい。
さて、残りの五作だが、すべてに言えるのは、ミステリーとしての完成度はもちろん、大賞受賞作と比較すると文章力にかなり不足があるということだった。そんななか、辻堂ゆめ『夢のトビラは泉の中に』は、読み心地がよく、作者がまだ二十代はじめという年齢とは思えないほど十分に書けている。
問題は内容だ。現実にはありえないファンタジーで出来上がっているのに加え、人物と事件がすべて都合よく絡んでしまっている。たしかに、「自分が死んだことになっていて、誰からも認識されないが、ある人物だけが正体に気づく」という設定などユニークだが、あまりにご都合主義すぎる話に納得できなかった。芸能界、マスコミ、カルト教団などに関しての安易な設定や描写、その他リアリティのない部分も多い。だが、作者の同世代の人たちは、わたしが欠点だと思う部分を気にせず受けいれる可能性がある。むしろ若い読者にむけたファンタジーとしての魅力にあふれているかもしれない、ということで優秀賞の受賞に反対はしなかった。
もう一作の優秀賞、神家正成『深山の桜』だが、こちらも評価は低かった。もし一次選考にまわってきたら、落としているレベルである。なにより小説がはじまってから、地の文での説明が多い。それでいて状況や人間関係などを把握しづらい。全体の十分の一くらい進み、ようやくドラマの世界に入ることができたものの、話がどこに向かうのか、つかみづらい。まったく楽しめないのだ。なにより、扱われている事件に魅力がなく、長編を持たせるだけのものとは思えない。主人公にも感情移入できなかったし、他の登場人物も科白まわしが大袈裟に感じられた。南スーダンの空気や風景も感じ取れない。すべて決定的な描写力不足だ。自衛隊を舞台にしたミステリーの書き手では古処誠二という先行作家がいる。優秀賞を受賞したからには、見知らぬ世界を一般の読者にどう分からせ、説明ではなくドラマの流れから自然に読ませるにはどうすればいいか、いまいちど既成のプロ作品から学んでほしい。
さて、惜しくも受賞を逃したものの、山本巧次『八丁堀ミストレス』に関しては、『女王はかえらない』に次いで面白く読んだ。これはもう発想のユニークさである。ラストで明かされるもうひとつの真相は蛇足だが、基本的な設定はとても面白い。江戸における陰謀に関する部分もよく書けている。ただこちらも文の語りがいまひとつ。同じ言葉や表現の繰り返しが続いたり、地の文の説明が長すぎたりと、内容の割にくどさを感じた。もうすこしこなれて読みやすいものであれば、強く推したのだが。
読みづらい、分かりづらい、話が見えないということでいえば、加藤笑田『キラーズ・コンピレーション』は、そのすべてをそなえている。登場人物が多く、短い章立てで視点が変わることも、その一因だろう。こういう作品ほど、明快で洒脱な文章力や個性的なキャラクターの描写力が求められるのではないか。それらをより磨いてほしい。
安藤圭『風俗編集者の異常な日常』は、逆に文章は達者で、ドラマとしてすらすらと読める。問題は、扱われているミステリーやサスペンスの部分。文字通り、風俗編集者の異常な日常という題材のエロくだらない面白さはあっても、ミステリーとしてはかなり弱い事件ばかり。そこは致命的な欠点だ。
今回、四人の選考委員の間で、とくに優秀賞二作の評価が大きく分かれた。刊行され、読者がどう判断するか興味深いところである。わたしは厳しい読み方をしたが、応募作が徹底改稿されたのち、素晴らしい原稿に生まれ変わっていること、それらが読者に受け入れられることを期待したい。