第12回『このミス』大賞 次回作に期待 杉江松恋氏コメント
『リンゴの帳簿』神谷 かんな
『落日のゲバルト』塚本 和浩
『黄浦江』菊池 清
杉江松恋コメント
神谷かんな『リンゴの帳簿』
可愛いだけじゃダメかしら? と映画の題名のように考えてみて、やはりダメだよな、と判断した。主人公の男女二人のキャラクターはとても良いものです。同一キャラクターを使いまわす可能性もあるだろうから詳細は書かないが、独自性は非常に高い。ただし、二人が対峙する謎に独自の魅力がなければ、新人のデビュー作にはなりがたい。ただし工夫のある構成には好意を抱いた。デクレッシェンドの終わり方はおもしろい。本当に惜しい作品だった。
塚本和浩『落日のゲバルト』
過去に最終選考に残ったことがある作者である。その際の選評も参照したが、やはり同じところに瑕を感じた。話を前に前に進めようとしすぎである。立ち止まって、今この個所に必要な文章は本当にこれか、適切なのか、と考える癖をつけてもらいたい。また、キャラクターを立てるという作業を安易に考えすぎている節がある。属性=個性ではない。最後まで読めておもしろくはあったのだが、残念ながら成長のあとは見出せなかった。
菊池清『黄浦江』
本賞のように突出を求められる賞では最も割を食うタイプの作品だったと思う。昭和30年代を題材にしたエスピオナージュで、他の賞であれば問題なく1次は通過するレベルだと思う。ただし、そこに独自の輝きはない。こうした題材の作品であれば伴野朗をはじめとする多くの作家が手がけており、それぞれが虚実をないまぜにした独自の作品世界を作りだしている。そこに加わるべきか否かと自問して否と答えざるをえなかった。
以上3作品を今年の次点と致します。
応募作は一定の水準に達した熱気溢れるものばかりでした。もはや書き続けてください、としか私には言えません。これは他の選考委員とは異なる意見になるかもしれませんが、現代のエンターテインメント作品の比較研究などは不要だと思います。今何がはやっているのか、ではなく、過去の伝統の中にはどのような光り輝く作品があったのか、という研究が重要でしょう。その上で本当に自分が書きたいものは何かということを突き詰めて考え、行き当たったものを書いてください。「心からこれが書きたい、読んでもらいたいと思った」という作品を来年も読みたいと思います。
→ 通過作品一覧に戻る