第12回『このミス』大賞 1次選考通過作品 血の氷像
ゴミの総重量を刺青する「余計者」の男。
特異な体質を持つ男は、自身を変革できるようになり、
ひとつの方向へ突き進んでいく――
『血の氷像』志規醇乎
ゴミ回収の作業員である〈俺〉というキャラクターの不思議な身体性に興味を持った。〈俺〉はゴミを回収するごとにその総重量を示す数字を体に刺青しながら生きている。屈託が多く、身体に籠もった熱気を放出することができない人物なのである。なんでそんなに過剰なの、君は? その彼が作業を進める中で出会った変異によって自らを変革する機会を掴み、ひとつの方向へと傾斜していく物語だ。冒頭で見える主人公像は、典型的な「余計者」である。船戸与一などの冒険小説でおなじみの、文明社会の中で大人しく身を持していることができないキャラクター。それを都会のありふれた風景の中に登場させたことに軽いショックを覚えた。もしかすると天才の誕生を目の当たりにしているのかもしれない。
それが序盤の100枚程度を読んだ時点での率直な感想である。残念ながらその興奮は、続きを読み進めるうちに収まってきてしまった。ゴツゴツとした手触りで、他にない魅力を持つ作品なのだが、残念ながら荒削りであるゆえの欠点も多い。まず、それぞれのエピソードがぶん投げただけの扱いで、有機的に結びついていない。勢いがあるのでなんとなく読まされてしまうが、最後まで読んでみると羊頭狗肉の感がある。美人姉妹と死体遺棄にまつわる魅力的な謎が提示されるのだが、それも撤収するかのような駆け足で解かれてしまう。バランスが悪いのである。主人公の体に籠もっていた熱は? あの呪詛のような呟きはどこにいってしまったの? 最後、こんなちんまりとまとまった小説になっちゃってよかったわけ? いろいろな疑問が頭を駆け巡ったが、とにかく第一印象が良すぎた。手を加えればよくなる余地がいくらでもある。ありふれた才能によって書かれた作品を通すよりも、この賞ではいびつでも勢いのある書き手を優先するべきだと判断して本編を推す次第である。
(杉江松恋)