第12回『このミス』大賞 1次選考通過作品 萌えないゴミはただのゴミだ。

ゴミ袋の中から人間の耳を発見し、
女性のストーキングをはじめる主人公が、
異常事態の当事者にされる、息もつかせぬサスペンス

『萌えないゴミはただのゴミだ。』穂波了

 他人のゴミ漁りを趣味とする人物が主人公、という趣向自体は目新しいものではない。20年前ならいざ知らず、その程度の逸脱行為に驚くような初心な読者は2010年代の現在にはもうあまり残っていないだろう。だが、設定は物語の入口から中に入るための単なる通行証にすぎない。主人公がゴミ袋の中から人間の耳を発見し、対象者である髙木聡美という女性のストーキングを始めるのが第一部。実際に事件らしい事件が起きていることが判明するのは第二部だが、すでにこの序盤からきな臭い空気が漂っている。キャラクターの特異性にただ頼るのではなく、その性格をフックにして小説世界へと読者を誘うという技巧が完全に身についた書き手なのである。本書の中で最もおもしろいのが第二部で、無邪気な傍観者であったはずので主人公が事件の中へと絡め取られ、異常事態の当事者にされるあたりの展開には息もつかせぬサスペンスがある。
 残念なのは、緊密なのはそこまでで、第三章以降の後半部には「物語をしかるべき場所への落としこむ」ための段取りとして話が動いている感じが否めないこと。映画「裏窓」的な前半部の展開と後半の間には乖離が生じている。第三章で物語が脱臼したかのようなチェンジ・オブ・ペースが試みられているのだが、それも私には成功しているようには見えなかった。作者のひとりよがりと感じる。作者にはプロ作家としてのデビュー経験があり、すでに著書もある。今回は別名義での応募となったわけだが、語りには確かに華がある。どことなく人を食ったような雰囲気や意図された「下衆さ」は、腕に覚えのない者にはなかなか使いこなせない武器だ。実力は認めるのだが、しかしその腕を過信しているような書きぶりである。すでに指摘したような後半部のペースダウンや、真相に読者を誘うために用いられている「装置」の安易さなど、プロ経験がある書き手ならば厳に戒むべき粗を見過ごすことはできなかった。だが、技術は突出しているため1次は通過とする。

(杉江松恋)

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