第12回『このミス』大賞 1次選考通過作品 水彩プラネタリウム
民俗学研究部に所属する大学生が
春夏秋冬の都市伝説を調査していく
賑やかな青春コメディ
『水彩プラネタリウム』藍沢砂糖
こんなに登場人物がいるのかな、と思ってしまうほどに多彩なキャラクターが出てくる。いや、賑やかなことはいいのだけど、ヒロインが埋没してしまうのはどんなものなのだろうか。本編は大学キャンパスを舞台としたコメディで、大学二回生の主人公は民俗学研究部(ミンケン)に属している。このミンケンが、町に広まった噂、いわゆる都市伝説を調査して回るというのが縦筋になっているのである。こうして基本設定を書くと、さまざまな先行作品が想起されてくる。地方都市に広まった噂ということでは恩田陸『球形の季節』(あんなにシリアスな雰囲気ではないが)、大学内の変わったサークルという点では万城目学『鴨川ホルモー』や有川浩『キケン』、謎の組織と学生の対立は森見登美彦「走れメロス」だ。そういう作品と少しずつ共通要素がある。あまり書くとネタばらしになりそうなので、以上の記述から内容は察していただきたい。これらの共通項は、先行作品の模写ではなく、現代のエンターテインメントに求められている要素を個別に探究した結果、作者が行き当たったものだろう。ミンケンによる謎解きの部分にもっと強烈なインパクトがあればさらに印象も強くなるのだが、残念ながらそこまでの力は無かった。
本編の最大の美点は、読みやすい軽さにある。春夏秋冬の事件をオムニバス形式でつなげていく形の語りは非常にテンポの良いものだ。それぞれにカラーの違う事件であるし、クスクスと笑える個所も多い。すでにデビューを飾った作家の作品であれば、少し手直しすれば出版可能なレベルだろうと思う。これまで本賞は応募作の大幅な改稿を許した上で授賞をしてきた前例がある。これだけ明るく、賑やかな作品であれば、肩の凝らないエンターテインメントとして十分市場で通用するはずだ。もし手を入れるのであれば彩という魅力的なヒロインも、もっと活躍の場を与えてあげてもらいたい。
(杉江松恋)