第12回『このミス』大賞 次回作に期待 宇田川拓也氏コメント

『新車開発』美濃 志郎
『暴力教師』桐島 裕
『『悪』循環』青山 茂隆

宇田川拓也コメント

 今回は拝読した応募作のうち、三分の一が五十歳以上の方の作品だった。読む前は深みと読み応えのある物語を期待したものの、実際は思いのほか軽量かつ型にはめようとした結果なのか粒の小さなものばかりで、ちょっぴり残念でした……。

 さて、“次回作に期待”。
『新車開発』美濃志郎は、世界初となる燃料電池自動車の量産化をめぐるライバルメーカーおよび社内派閥の争いと、この試作車をスクープした写真の出処を調査するよう命じられた開発技術者たちを描いた自動車業界サスペンス。
 さすが大手自動車メーカー勤務のご経験があるだけに、車に関する記述は高い精度と密度が感じられ、専門用語を丁寧に噛み砕いた説明にも好感が持てる。とはいえ、物語全体の精度と密度となると、ラフスケッチをそのまま見せられているような甘さが否めない。必要のないセリフや描写を削って物語を引き締め、生き馬の目を抜く業界のハードさをもっともっと強調していたなら、終盤で明らかになる“技術者の信念”もグンと際立ったはずだ。また、“試乗会で起こった不可解な事故”という魅力的な謎が出てくるも、車に疎い読者も驚かせる工夫を凝らしているわけではなく、マイナスポイント。
 “ミステリー”を用いて描こうとしている題材は素晴らしいと思う。なので、ひとに読ませることを強く意識し(文章作法の改善は急務!)、より細やかな創作を心掛けていただきたい。
『暴力教師』桐島裕は、女子生徒の飛び降り自殺の原因が体罰にあったと報道され、休職に追いやられた高校教師が主人公のハードボイルド・アクション。
 文章力、会話のテンポとセンスは一次選考を突破してもおかしくないレベル。先行作品を想起させる点が多く、志水辰夫『行きずりの街』や北方ハードボイルドをはじめ、主人公と少年の関係は『初秋』の変奏で、その少年がヤクザから奪う“黄金の仏像”は『マルタの鷹』へのオマージュかしらん――などと、読みながらニヤニヤしてしまった。かなり国内外のハードボイルド作品に親しまれてきた方とお見受けするが、そうした偏愛が微笑ましい反面、キャラクターは総じて類型的。物語に独創性や強い個性が大きく欠けているのも新人賞に投じる作品としては致命的といわざるを得ない。『暴力教師』というタイトルも内容にふさわしいものとはあまり思えず、もう少し吟味を求めたいところ。
 次回は、先行作品のコラージュではなく、どこから見ても“桐島裕のハードボイルド”という作品を期待したい。
 『『悪』循環』青山茂隆は、十年前に起きた中学生らによる同級生殺害を発端とする関係者の連続失踪事件と、かつての少女が“悪意の連鎖”をひとり押さえつけ生きていこうと決意するまでの変遷を描いたダーク・サスペンス。
 過去と現在を混ぜ合わせるだけでなく、失踪事件の捜索を探偵とベテラン刑事それぞれの視点から描くなど、今回拝読した応募作のなかでも構成の凝り方はトップクラス。抑制の利いた文章には、読み手の目をある速度以上急がせない“圧力”のようなものがあり、少々重く感じる向きもあるとは思うが、私は好感を持った。また、人肉食嗜好のキャラが登場するからというわけではないが、ページをめくりながら浦賀和宏作品に似た空気をしばしば感じたりもした。ただ問題は、観念的なセリフや文章を随所に折り込み、これだけ構成に凝った割には“ミステリー”としての盛り上がり、深度、どちらにも振り切れるところがない――つまり、驚きに乏しく全体が平板な印象になってしまっている点だ。もしこうした傾向の作品を今後もお書きになるつもりなら、松尾清貴『ルーシー・デズモンド』(文庫化の際『エルメスの手』と改題)くらい振り切れた怪作で勝負していただきたい。今回挙げた三つのうち、もっとも“次回作に期待”させてくれたのが本作だ。ぜひとも再びのご応募を心よりお待ちしている。

 それでは最後に、いつもの言葉で締めるとしよう。
「書店員が頭を下げてでも売りたくなるような渾身の傑作を待っています!」

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