第12回『このミス』大賞 次回作に期待 村上貴史氏コメント
『マイ・テスタメント』吉本 勝一
『超高層のバベル』都知井 愛羽
『翼のありか』有咲 結
村上貴史コメント
吉本勝一『マイ・テスタメント』は、記憶を失ってホームレスになっていたエイと呼ばれる男が主人公の一作。作品の前半には、エイのホームレス生活の日々が、記憶を失った状態で起きるいくつかの謎めいた出来事を交えながら綴られている。そこに山場らしい山場はないのだが、ホームレスをレジデントとトランジェントに分類したりする語り口や、自分とびい太郎、シィーとディーというかたちで、ABCDという仲間たちを微妙に色分けをして呼ぶ筆致など、書き手としてのセンスがそこかしこに感じられて愉しく読めた。中盤以降は、エイの正体が判明し、記憶喪失に至るまでの意外な事情が描かれていく。その意外な事情が十分に意外なのはよいのだが、そこにもう一歩説得力が欲しかった。それ故に1次通過にはわずかに及ばなかったが、再挑戦を強く期待する次第である。
都知井愛羽『超高層のバベル』も十分に愉しめた作品である。大学内の勢力争いを本格ミステリの構造にあてはめ、そこに英語に関する専門知識をちりばめた作品で、いずれの要素もしっかりと読ませてくれた。特に謎解きに関するロジックの面白味と、英語に関する知識の深さは、特筆に値する。惜しまれるのは、それらの要素が構造としては一つに組み上げられているものの、小説の語りとしてはつぎはぎになってしまっていた点だ。例えば唐突に英語の知識が披露されたり、あるいは、大学内の問題が語られたりしていたのである。もう一度リライトすれば(プリントアウトを横に置いて一から視点人物の心理を意識して全部タイプし直すとか)、相当よくなるのではないかと思われる。こちらも期待大だ。
有咲結『翼のありか』も悪くない。結婚して初めて夫の異常性に気付いた若妻の物語かと思いきや、舞台は一転してペルーの山奥へ。そこで人類史にかかわる発見を巡る事件に、その若妻(というか若き研究者)は取り組んでいくことになる。洞窟での冒険などもあり、全く退屈させずに結末まで読者を連れて行ってくれるのだが、問題は、「その人類史にかかわる発見」の説得力が薄いことだ。ここがきちんと書けていたならば、この作品の評価は大きく異なっていたはず。ついでにいえば、冒頭の夫とのエピソードも(非常に読ませる内容だった割に)物語にさほど貢献していない。この部分の扱いも再考すべきだろう。
これら三作品を書いた方々の『次回作に期待』である。
なお最後に一言。今回は応募規定が変更になり、原稿の枚数の上限が650枚となっている。だが、それを上回る枚数の応募作がいくつかあった。応募規定に沿わない作品をいくら送っても、無駄である。規定に則って選考する賞である以上、応募規定に則った原稿を、応募規定に反した原稿に優先することはあり得ない。枚数超過ということから察するに、思いの丈を作品に込めたのだろう。であればこそ、だ。きちんと応募規定に従っていただきたい。その熱意を無駄にせずに済むように。
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