第12回『このミス』大賞 1次選考通過作品 幸せの戦略

無名投資ファンドの依頼に潜む謎とは!?
コンサルタントの視点から企業の真意に迫る
新鉱脈「コンサルティング・ミステリー」の発見だ!

『幸せの戦略』志門凛ト

 謎の設定が実に新鮮な作品だ。
 外資系の戦略コンサルティングファームに勤める青山。若手の有望株である彼に、一つのプロジェクトが割り当てられた。宮城県にあるブレイン電子の企業価値評価である。依頼主は、ブライトキャピタルという無名の投資ファンドだ。無名の投資ファンドによる地方の中堅企業の企業評価など、青山が勤める名門が受ける仕事ではない。なのに何故会社はそれを引き受けたのか……。疑問を抱いたまま東北に向かった青山は、本件を担当する上司と現地で合流する。競合相手から転職してきたばかりの滝口というのがその上司で、アメリカ帰りの若い美女である。青山が全く想像していなかった上司像だ。その滝口とのコンビで、彼は案件を進めていく。だが、何か妙だ。これは本当に単なる企業評価なのか?
 コンサルティングの実態が(少なくとも素人の目からすると)実にリアルに説得力を持って語られている。それが「実態を描いたこと」の面白さではなく、企業の隠された真意を探るという観点で実にミステリとしてスリリングなのである。この着眼点も素晴らしければ、それを実際に完成品として仕上げた技量も素晴らしい。しかも先端のコンサルティング手法で突っ走るだけでなく、そこに昔ながらのスパイ小説のようなエッセンスも取り入れられていて、なおさら愉しく読める。万人が書きうる小説ではないが、ミステリの世界における新たな鉱脈の発見とさえ呼んでもよいかも知れない。
 この点を1次選考担当として強く主張する一方で、悩ましいのが人物の配置だ。個々のキャラクターの描写はそれなりによいのだが、それらの人物が小説のなかで果たす役割が、なんというか「役目をちゃんと割り振りました的」なのだ。例えば、ABC、あるいはPQR、さらにはXYZという役割があったとして、ある人物にはAPXの役目を与え、別の人物にはBQYを、残る二人にCとRZを、といった具合なのだ。だからこそ、それらについて語る場面が設計図臭くなり、小説を愉しむ興を削ぐ。また、青山の息子も登場しているのだが、その存在もまた微妙だ。特別な個性もあれば深い魅力もある一方で、それらが物語に寄与していないのである(本作では特別な子として描かれているが、普通の子供であっても、ストーリー上さしたる影響がない)。なまじ魅力的なだけに惜しい。
 そのあたりが2次以降でどう評価されるかはともかく、この新鮮な魅力を1次で埋もれさせておくつもりは毛頭ない。ためらいなく2次に推す次第である。

(村上貴史)

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