第12回『このミス』大賞 次回作に期待 福井健太氏コメント
『いいひとごっこ』神代 希介
『まやかし観音』佐野 由依
『ジェリーフィッシュの歌が聞こえる』一色 正之
『世界で一番優しい弁護士』村木 奏介
福井健太コメント
本賞は娯楽小説を対象としている。極めて当然の前提ではあるが、この点は何度強調しても構わないだろう。平凡な自伝や信念語りは論外にせよ、体裁を整えるために“読者の視点”を疎かにするようでは、優れたエンタテインメントは生まれ得ない。手間暇を掛けて数百枚の原稿を書く以上、これでは勿体無いにもほどがある。逆の言い方をすれば、読み手の眼を持つ書き手は──足りない部分があろうとも──今後を期待させてくれる。ここではそんな四本を挙げておきたい。
神代希介『いいひとごっこ』はビターな青春ミステリ。高校の女性教師が殺害され、男子高校生と大富豪(とそのメイド)が連続殺人鬼“金曜日の切り裂きジャック”を追うストーリーだ。展開と真相はすこぶる凡庸だが、滑らかな語りと等身大のキャラクターは悪くない。謎解きに工夫を凝らした作品での再挑戦を促したい。佐野由依『まやかし観音』は文政四(一八二一)年の江戸の物語。名前に「巳」の付く男たちが殺される“蛇事件”を契機として、同心と口入れ屋が黒幕の狙いを探り、人々の過去と思惑が浮かび上がる時代モノだ。複数の受賞歴を持つ著者だけに安定感はあるが、もう少し明快な娯楽性が欲しかった。
一色正之『ジェリーフィッシュの歌が聞こえる』では、ビルの屋上に作られた密室状態の植物園で殺人が起きる。クローズドサークルに挑む姿勢は好ましいが、舞台設定、トリック、逆転劇などが類型の域を出ておらず、総じてアピールポイントに乏しい。ベタな本格を書く際には(少なくとも本賞では)派手な演出が必要だろう。村木奏介『世界で一番優しい弁護士』は、暇を持て余している弁護士の「ぼく」が遭遇した三つの事件を描く連作集。各々のプロットに新味は無いものの、重いドラマを軽妙に見せる語り口、親しみやすい人物の造型などは注目に値する。この持ち味を長篇に活かすのも一つの手かもしれない。
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